【第一回かつおコンテスト最優秀賞】フィクション「伝説の鰹節をめぐる冒険」

【第一回かつおコンテスト最優秀賞】フィクション「伝説の鰹節をめぐる冒険」
書いたひと: 木兎

同志社エスカレーターに乗って将来は実家を継いでくれというのが、父の口癖だ。僕はその期待を裏切って京大に入った。京料理屋なんてやらへん、学者になるんやと息巻いていたのはたったの数ヶ月。疫病の蔓延と学問への意欲喪失を理由に、あっけなく休学してしまった。そんな4回生の夏。

「心臓発作らしいで」と泣きそうな声で母に告げられ、足元が豆腐になって吸い込まれたかと思うほどに、僕は膝から崩れ落ちた。祖父が死んだ。それは、300年以上の歴史を誇る京料理屋『一寸亭』の、存亡の危機を示すものであった。

祖父が祖母と二人で切り盛りしていた『一寸亭』はすでに、全世界的な疫病にかなり悩まされていた。そこに板前の死である。「悲しいけれど、ひとまず一ヶ月間は暖簾を下ろしましょ」という祖母の言葉に、家族は頷くほかなかった。実家を出て技工士をしている父も、専業主婦の母も、料亭を立て直す技量を持ち合わせていなかった。店を切り盛りしていた祖母だけが、ふきのとうのように背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。

葬儀を済ませ、数日後。昼食後に祖母と一緒に遺品の整理をしていると、手垢でぼろぼろになった手帳が箪笥の底から出て来た。表紙には割烹術と書かれ、食材の調達や調理法から味付け、その工夫まで、細かく記されている。「こんなもん残してはったんや」と驚く祖母を隣にして、僕はとある文字に目を奪われた。

「デンセツのかつおブシ」

その横には、フグの卵巣と走り書きがある。そしてその時、僕は、見えるか見えないかくらいの薄さで書かれた「一寸のダシはこれで完璧」という文字を、読み取ってしまったのだった。気づけば僕はその手帳を手に、車庫のほうに走り出していた。土から出したままのレンコンのように茶色くなった祖父の手帳、それを左手に握りしめて、車のエンジンキーを回す。

琵琶湖を横目に見つつ車を走らせる。過去を振り返りながら溜息が止まらない。京都の碁盤の目を抜けて1時間ほど経つ。ずっと意地を張っていた。家は継がないよ、と言った時の祖父母の少し寂しそうな表情にも、罪悪感を感じないようにしていた。でも、あの時、『一寸亭』が無くなるかもしれないと考えた時、泣きたくなるほど辛かったじゃないか。

結局僕は、京料理屋である実家のことを大切に思っているのだった。ハンドルを持つ自分の手に目をやって、自分の天邪鬼さと非力さを呪った。実家を諦めることもできない。しかし店を守ることもできない。どっちつかずの僕。

僕の手は白くて細い。手だけでは無くて、背も小さくて体の厚みもない、チビでガリのもやし。どうしても逃れられないコンプレックス。極めつけは、僕が所属する京大のとある同好会で、オタサーの姫と称される宮さんも、体の大きい人がタイプだと言っていたことだ。彼女は、ゆで卵のようにつるっと綺麗な肌で、歩く姿は凛としていて、聡明な女性だ。カランコロンとよく笑う。

僕は密かに、彼女を好いているのだった。

福井市に入った。そろそろ休憩を取ろう。目的地は金沢である。「伝説の鰹節」は何か分からないけれど、フグの卵巣には心当たりがあった。祖父が金沢で祖母と旅行した際、フグの卵巣のぬか漬けを食べたと言っていたことだ。本来フグには毒があり、卵巣など食べて仕舞えば即死なのだが、かの地に伝わる伝統的手法を用いれば、驚くことに無毒化されるのだという。

金沢には小京都を思わせる茶屋街が多く現存しているようだ。JRの駅からほど近いその茶屋街を奥に進んだところに、ひっそり佇む『あらよっと』というぬか漬けのお店。やっと辿り着くことができた。日はもう西に傾きかけている。

事情を説明し鰹節について尋ねると、玄関の裏手から、腰を曲げて髭を白く伸ばした男性がすり足でやって来た。

「一寸の坊ちゃんだね?」

ご老人の話を聞きながら、スープに割り入れた卵よろしく、僕の脳内の確認がだんだんと形になった。彼の教えを授かり、帰路へ着く。右目に差し込む夕日が眩しい。5時間も運転し続けると、体は言うことを聞かない。休憩を1時間間隔で取らなくてはならなくなっている。

すっかり日も暮れて、やっと敦賀。あと一踏ん張りである。気合を入れ直しながら、僕は先ほど耳にした話を、忘れないように脳内で繰り返した。何度も、何度も、繰り返す。まるで噛めば噛むほど味がするスルメのように、彼の口調は渋い色気に満ちていた。

「知ってのとおり鰹節は発酵食品なのじゃが、」と彼は口を開いた。曰く、燻し終えたそれにカビ付けをして乾かす工程が重要らしい。発酵過程で、旨味が変わるのだと力説してくれた。そしてかの地石川には、唯一無二の技術が伝承されている。「わしらの作っちょるぬか漬けの成分が、ええ具合に鰹さんに響く言うて、発見したっちゅうことよ」驚くべきことに、彼と僕の祖父は大学の同級生だそうで、一緒に発酵の研究をしていたという。アカデミックな発表ではなかったが、それは戦後日本食業界のニッチな分野では、大きな功績だったそうだ。

その手法で「伝説の鰹節」を製造しているのが、老舗『かつお節の宮堂』。その本工場は京都駅のすぐ南に位置しているのであった。深夜になって到着し、古めかしげなインターホンを鳴らして聞こえた声は、なんと我らがサークルの姫のものだった。

これはどういう運命か。

「なんだか恥ずかしくてずっと黙っていたの」と彼女は俯きながら明かす。実家が鰹節屋だなんて、と言う横顔にかかった髪の毛から、ほのかにシャンプーの香りがした。僕は、やっと伝説を見つけたと言う喜びと、1日駆けずり回った結果が近所だったという事実、そして目の前にいる姫の存在に、頭が混乱していた。

「好きです」

完全に混乱のせいである。1日中運転し続けた疲れと、自分の言葉への恥ずかしさにやられ、僕は茹でられたほうれん草のように身を縮め、倒れ込んだ。

そして。

半年の休養期間を経て、『一寸亭』は再開した。僕は祖母を手伝いながら、調理と接客を学んでいる。大学にも復学し、微生物研究という進路を選んだ。発酵食品学を修めつつ、祖父の見つけた鰹節製法に、学術的説明を加えたいという動機だ。それまではなんとなく苦手だった実家の割烹料理や和食にも、興味が尽きない。食べることが趣味になった。当然体は脂肪を蓄え、文字通りひとまわり大きくなったのだが、その体型は宮さんの理想に合致したという。これ以上に書くべきことはない。成就した恋心は、炊き立ての白米に載せた鰹節のように今日も踊っている。

参考にしたリンクたち。適当なこと書いているけど見逃してね
原案はいちおう一寸法師
割烹「八寸」https://kcc1800.gorp.jp
フグの卵巣販売「あら与」https://arayo.co.jp
鰹節丼専門店「BUSHIDO」https://bushido.owst.jp
かつおぶし製造工程https://www.yanagiya.co.jp/shokuiku/process.html

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