裏縞模様

裏縞模様

昔々あるところに、裏縞太郎という若者が住んでおりました。

ある日のことです。裏縞さんが浜辺を通りかかると、村の少年たちが何かを囲んでわいわいと騒いでおりました。見ると彼らは、しゃれこうべを蹴って遊んでいるではありませんか。
「そんな不吉なことはやめなさい。まったく誰のものかも分からないのに、かわいそうではないか」
裏縞さんがそう言うと少年たちはしゃれこうべを小脇に抱え、ぶつぶつ不満をこぼしながら立ち去りました。

それから裏縞さんは釣りを始めましたが、今日はなかなか釣れません。
「はて?このあたりはいつもよく釣れるはずだが?」
そう思ったとき、釣り糸が強く引かれました。なんとか引き上げてみると、それはそれは大きなカメがかかっておりました。
「これはめでたい、今日はごちそうだ」
裏縞さんはたいそう喜びましたが、そのカメをひっくり返すとびっくり。なんと甲羅はもちろん、お腹までもがおどろおどろしい渦巻模様になっているのでした。さすがに気味が悪くなり、裏縞さんはそのカメを海に戻して、そのまま家に帰ることにしました。

翌日、裏縞さんは沖に舟を出しました。
「今日は天気も穏やかだし、のんびり釣りを楽しむか」
しかしそう思ったのも束の間でした。突如として海に現れた渦潮に飲み込まれ、裏縞さんの舟はグルグル海の底へと引きずり込まれてしまったのです。

目を覚ますと、裏縞さんは部屋に寝かされていました。しかし、ただの部屋ではありません。天井は紅白の格子模様、壁は金と銀の縞模様、そして床は深緑と群青色の渦巻模様になっていました。それもよく見ると、床に生えているのはさまざまな種類のコケ、壁に貼りついているのは魚のウロコと貝殻の破片、そして天井はサンゴやイソギンチャクで覆いつくされているのです。寝台も机も燭台も、あらゆるものが水玉や格子柄や渦になっていて、どこを見てもグルグル目が回ります。

裏縞さんが座って部屋を見回していると、部屋の奥から美しい女性が出てきました。模様だらけの部屋のなかで、白い肌がひときわ浮き上がるようです。
「私の名前は音姫。音姫さまと呼びなさい」
彼女は短くそういうと、そばに置いてあった巻貝を裏縞さんの口にあてがい、中に入っていたドロドロの苦い液体を飲ませてきました。それを飲んだ裏縞さんは、すぐにまた深い眠りに落ちてしまいました。

しばらく経って裏縞さんは目を覚ましました。起き上がろうとしましたが、どうも手足が縛りつけられていて動かせません。
「あら、思ったより麻酔が切れるのが早かったのね」
なんとか頭を動かすと、先ほど音姫と名乗った女が裏縞さんの上に馬乗りになって、片手に持った貝殻で何かをしているようです。
「これはね、あなたの体に刺青を入れているの。これであなたもこの部屋の住人よ」
そう言われるうちに少しずつ麻酔が切れてきたのでしょう、裏縞さんの全身に激痛が走り、再び気を失うように深い眠りに落ちてしまいました。

朝か昼か夜か、裏縞さんは再び目を覚ましました。今度は手足が自由のようですが、しかし少しでも動くと体中に痛みが走ります。
「起きたわね、準備はいい?」
すぐそばにいた音姫さまが言いましたが、裏縞さんには準備とはいったいなんのことか分かりません。
「音姫さま、私はいったい・・・」
しかしそれを聞く前に、裏縞さんの目の前には大きな鏡が現れました。
「・・・こ、これは。。。」
そこに映った自分の姿を見て、裏縞さんは絶句しました。なんと全身のありとあらゆる場所に、びっしりと縞模様の刺青が入っているではありませんか。それもいかにも毒々しい紅色の、まるで全身から流血しているかのような刺青です。

「頼む、今すぐここから出してくれ、地上に戻してくれ」
裏縞さんは反射的に、そう頼みました。
「おやおや、お楽しみはこれからだというのに、もう帰りたいのですか。仕方ありませんね。地上に戻しましょう。ですが、あなたの身体はもう元には戻りません。それから、あなたはもう模様なしに生きてはいけません。地上に戻ってしまえば、渦、格子、縞模様、これらがなくて苦しむことでしょう。そのときには、このしゃれこうべの目を覗き込みなさい。あなたを救ってくれることでしょう」
そういうと、音姫さまは懐からしゃれこうべを取り出して裏縞さんに渡しました。心なしか、その顔つきには見覚えがあるようでした。

ふと気がつくと、裏縞さんは砂浜に座っておりました。しかしなるほど、いつもの見慣れた砂浜とは何かが違います。いやにのっぺりとしていて、現実感というか、立体感がないのです。海、空、砂。裏縞さんは景色のなかについつい模様を探してしまうのですが、どれも単調で、模様のようでいて模様ではありません。これはこれで目が回るような、吐き気がする感覚なのでした。裏縞さんは思わず倒れこんでしまいました。すると、頭の近くになにかが落ちているのに気がつきました。そう、音姫さまに渡されたしゃれこうべです。
「そうか、模様がなくて苦しいときはこの目を覗き込むんだったな」
たまらず裏縞さんがしゃれこうべを覗き込むと、その眼窩には見たこともないような渦模様が描かれておりました。中心を見ているつもりでも、さらにその奥に中心があるようで、なんとも引き込まれてしまうような模様です。
「お、これは何と不思議な・・・」
裏縞さんは覗き込んでいるうちに、ふと気づくと目を背けようにも目が動かせなくなっており、いつの間にか手や足も動かなくなっていて、どうやら本当に眼窩に引き込まれてしまったようなのでした。

それから数日間、裏縞さんを飲み込んだしゃれこうべは少年たちに蹴られるまでそこに放置されておりました。

めでたし、めでたし。

 

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浦島次郎