怖い饅頭

怖い饅頭

三吉: 人間誰でも怖いものってぇのはあるもんだ。なぜならそいつが死んだとき、その墓の上を最初に横切るものがあって、それを予感して怖いと感じるのさ。例えばそうだな、八ちゃんは何が怖えぇ?

八五郎: おれは毛虫が怖えぇ。

三吉: じゃ、お前の墓の上を最初に横切るのは毛虫なんだよ。じゃあ半ちゃんは何が怖えぇ?

半介: 俺はゴキブリだ。あいつらゴミの周りをカサカサ動きやがって、黒光りする羽といい、ユラユラ動く触覚といい、気持ち悪いったらありゃしねぇ。俺はゴキブリが大嫌えだ。三ちゃんは何が怖えぇ?

三吉: 俺かい。俺はムカデが嫌だ。なんであいつらあんなに足がついてるんだろうねぇ。動き方がうじゃうじゃしてて、あんなもの見たくもないねぇ。ところで正ちゃん、お前さっきから黙っているけど、お前の怖いものはなんだい?

正一: 怖いもの?そんなものは俺には無ぇな!人間ってのは万物の霊長ってぇくれぇのものだ。動物の中で一番偉ぇんだ。その人間様に怖いものがあってたまるかい。俺には怖いものも嫌いなものも無ぇ!

三吉: えぇ?怖いものも嫌いなものもないなんて、そんなバカなことがあるか。何かあるだろうよ。たとえば蛇なんかどうだい?

正一: 蛇?蛇なんか怖くねぇ。俺は暑い日にあいつらを頭に巻いて寝るんだ。勝手に締めつけてくれるし、ヒンヤリしてとっても気持ちがいいんだぃ。

三吉: じゃあトカゲとか、ヤモリなんかはどうだい?

正一: トカゲ?ヤモリ?あんなもの俺は飯に乗っけて食っちゃうんだ。アリなんかも、ごま塩にして食べちまうんだ。少し動いて食いにくいけど塩を混ぜると意外といけるもんだぜ。

三吉: まったく不思議なやつだな。じゃあいいよ、虫じゃなくてもいいから嫌いなものはないのかい?

正一: そうかい、そこまで聞いてくれるかい?それなら言うよ。俺はねぇ、実はあのなぁ、饅頭が怖いんだ!

三吉: なに、マンジュウ?マンジュウってあの饅頭かい。饅頭屋で売っているあの饅頭が怖いのかい?

正一: やめてくれ、俺はその言葉を聞くだけでも嫌なんだ。見るのも嫌、考えるだけで震えてくるよ。みんななんであんなニコニコして食えるんだろうねぇ。あぁまったく、こうやって饅頭のことを思い出したらもうダメだ、立っていられねぇ。ちょっとそこへ寝かしておくれよ。

(それから八五郎、三吉、半介の3人は話し合ったのち、正一が寝ている間に知り合いの饅頭屋に行ってことの顛末を話して聞かせ、帰りがけに山ほど饅頭を買ってきて正一の枕元に並べた。さらには戸に心張棒をして内側から絶対に開かないようにした)

三吉: 饅頭が怖いだなんて、あいつの墓には最初に饅頭が供えられるんだろうな。皮肉なもんだぜ。

半介: おい、中でごそごそしだしたぜ。野郎起きたんじゃねぇかい。隙間からそっと覗いてみようじゃねえかい。

正一: うわぁぁああ!!!なんだこの饅頭、なかにゴキブリが入ってらぁ!!!うげぇ、噛んじまったぜ。

半介: なんだお前、ゴキブリ嫌いだったのか。にしても気持ち悪いなぁ、ちょっと具合悪くなってきたし帰らせてもらうぜ。

三吉: まったくあの饅頭屋の野郎、中にとんだもの入れやがったな。この分だとほかの饅頭にはムカデとか毛虫とかが入ってそうだ。俺はもう絶対この部屋に入らないからな。あばよ。

正一: ちょっとお前ら待てよ、この戸だけは開けてってくれよ。

八五郎: 今はっきり分かったぜ、この世で一番怖ぇのは人間だな。

 

参考
まんじゅう怖い

過去記事
凶悪犯!たいやきくん