筑波大学に自治空間がある。なんでも自分のアパートを丸ごと開放しているらしい。そんな噂を聞いたのは2022年のことであった。高床邸と名づけられたその空間は、Twitter大学と名高い筑波大学を席巻し、日に日に注目度を増している。彗星のごとく無から生じたこの自治空間は何なのだろうか。大学組織に依らずとも、学生自治空間は作れるのだろうか。どうやって維持発展させているのだろうか。そもそも家主の器がデカ過ぎないか…? 2020年代以降の一つの自治空間形成のあり方として、非常に興味深いものがある。今回主催者・兼・家主である高床屋敷氏に取材を申し入れたところ、なんと快諾していただいた。
前回(第二回)のインタビューでは、高床屋敷がなぜ発展してゆくのか、その潜在的ニーズと発展の過程について話していただいた。
筑波大学高床屋敷氏インタビュー 学生自治2.0+α ~筑波大学の在野自治空間~(第二回) | 千万遍石垣
続く第三回では、自治空間論、他大学との比較へと深く切り込んでいく…。
それでは本編をどうぞ
KS:ここまで高床さんの来歴と、高床邸ができるまで、それから人間関係や自治空間性に関してお話しさせて頂いたんですけど、実際高床邸の自治空間性は凄い高いんですよ。ちょっと踏み込んだ話を聞いていこうと思うんですけど、やっぱり最近国家権力があちこちの自治空間を弾圧していく流れがあって、京都大学熊野寮のお祭りでも警察が大学に出てくる頻度が高くなってるとか、吉田寮の廃寮化攻撃に関する法廷闘争とか、国立大学法人法が改正されて、学生寮などの設置の優先順位が下がったり、実際廃寮されたりとか。自治空間は素晴らしい場所なんですけど、逆風を吹かせようとする勢力もいるわけですよね。言い方が悪いんですけど、自治空間ってある種のうさん臭さが詰まっている。
高床:うんうん。
KS:結構、「あそこにかかわるのやめとき」みたいな風評被害を流すやつらもいるんですよ。こうした風評被害対策って各地の自治空間では苦慮してるんですけど、高床邸はものともせずに拡張を続けてますよね。何か対応策を練られたりされたんですか?
高床:結局、大学生がこうやってあつまってますから、何か言ってくるひとはいるんですよね。実際誤解を解くというか、偏見をなくす活動が完璧に出来ているかというと、そんなことはないと考えています。ただまあ思うのが、これ政党とかだったら大問題だと思うんですよね。組織に目的があるので。一個の目標点があって、それに向かって走り続けているような組織だと、そういう風評みたいなものが妨げになることはあると思うんです。
「つくばで人間関係を動かすための寄合であればいい」
ただ私としては、私や私の友人が、ある程度つくばで人間関係を動かしてく、作っていく、生活を送っていく、まあこれは大学に限らずですけど。生活を円滑に送る上でのある種の共同体・寄合ぐらいに考えているんですよね。結局のところ、来たい人間が来れて、来たくない人間は来ないような状況になっていればいいわけで、Twitterの外にあるような風評被害っていうのはもはやタッチの仕様がないし無関係。なので気にしていないわけです。Twitter上にあるものは、まあ、いくらでも反論ができるので。ただあんまり顔真っ赤にして反論してると、これもまた人が寄ってこない原因になるんです。ですので、支持されるぐらいの熱量で、こっちの面白さを喋ってますね。そもそも人を集めること自体が目的ではないので、風評被害自体はあんまり気にしてないですね。あと、ここは完全に在野なので、大学とのつながりは、大学生であるということだけというか。べつに誰かパトロンがいるわけでもないので、責任とかもほぼないので、その辺は気楽ですね。
KS:逆に運営費とかも結構かさばると思うんですよ。
高床:まあ、その辺は結構考えてますね。
KS:ぶっちゃけどうやってるんですか?
高床:まあ私の実家は裕福ではないんですけど、極度にお金に困っているわけではないというのは影響してます。なので仕送りから少し出してます。あとは私のアルバイトで賄ってますね。それと結構よくここに来てくれる人は、程度にもよるんですけど週に5,6日ですかね、高床邸の公共財にお金を出してくれるので、そこまでの苦労はないんですよね。まあもちろんお金はないですし、パトロンが来てくだされば大歓迎です(笑)。パトロンを否定しているわけでは全くないので。
KS:そこはもう、自治空間のメリットの一つ「リソースは、作れる」を体現してますね。自治空間って、大学でも学生寮でもそうなんですけど、空間に対して主権を持つというか、自分達の空間だという意識がすごく高まりやすいと言われてます(RYOUTONOMY創刊号参照)。なのでみんながリソースを持ち寄るので、空間全体のリソースがすごく増えやすいっていう考え方があるんですよ。まさにそれを地でいってますよね。
高床:そういえば、感覚で言えば入会地みたいな感じですね。農村社会において、複数の人間が出入りして作業できる土地みたいな感覚にだいぶ近いので。
KS:ああ、たしかに。でもちょっと話変わるんですけど、つくばって学生がすごく住んでるわけじゃないですか。天久保三丁目(注:つくばの地名。ここは三方を筑波大学に囲まれている)とか、まあ正直ほぼ学生マンションでしょ。
高床:まあ、そうですね。
KS:で、学生寮、例えば平砂とか、一の矢とか(注:どちらも筑波大学の学生寮。年季が入っていることで有名)もすごく多いわけじゃないですか。ほかの空間に高床邸が影響を与えるとか、逆に影響を受けることってないんですか?
高床:あ、学生寮の影響はかなりあると思いますよ。何しろ学生寮の質が低いので(笑)。まあ監獄っていわれてますしね。冗談交じりで今話してますけど、実際すごく環境が悪いので問題になることもあるんです。多分宿舎の環境がよかったら、僕のコミュニティは出来てないんですよ。勘違いなさっている方もいるんですけど、今まで話に出てきたような、例えばRYOUTONOMYで特集されているような学生寮、あるいはOO荘みたいな学生マンションのような横のつながりって、筑波大学の寮にはないんですよ。もう一人一人が個人の部屋にポンポンって詰め込まれて、はいはい後お好きにどうぞ、みたいな感じなので。
KS:なるほど。
高床:自治空間とは違って、ほっといても友人なんてできないんですよ。だって、社会人の人間は、別に同じマンションの人と仲良くならないじゃないですか。顔を合わせることはあっても。
KS:まあ確かに…。
高床:で、学生寮の質がとにかく悪いので、みなさん外に出ていくわけじゃないですか。
KS:はい。
高床:筑波大学の場合は寮を出た後アパートに住むことが多いので、寮をでた人間にたいしてはもうこっちのものというか。
KS:なるほど。
高床:初期は宅通(注:実家から通っている筑波大学の学生のこと)の人と、宿舎から来る人が大多数でしたね。やっぱり影響はあると思いますよ。高床邸には宿舎やアパートから自転車で来れるということもあると思うんですけど、なにせ宿舎が学生を包み込む場所として機能していない。カプセルホテルかなんかに泊まっている感覚に近いんですね。
KS:あー。
高床:だから多分、高床邸に来るんだと思います。
KS:筑波大学の中は結構歩いたんですけど、結構談話室みたいな部屋が大学内のあちこちにあって
高床:はいはい。
KS:筑波大生が結構部屋の中でたむろしているという印象がすごくあったんですよね。そういう部屋やラウンジと結構似ているという雰囲気が高床邸にはあるというか。
高床:間違いなく、それはそうでしょうね。
KS:まあもともと自治空間を望む風土って確かにあるのかもしれないですね。
高床:まあ、当たり前でしょうね。それがいわゆる組織を作る方向に行くかとか、いろんな方向性はあると思うんですけど、人間って基本的には、一人でベッドと職場ないし大学を往復するようには出来てないんです。必ずどっかで集まっていくわけで。それを考えると、いわゆる自治を望む風土みたいなものは、その、プリミティブな形ではあるんじゃないんですかね。
KS:うんうん。逆に、あくまでプリミティブではあって、例えば大学の実権を握ってやろうとか、そっちの方向にはあまり行かない??
高床:まあないと思いますね。可能であれば実行するとは思うんですけど、筑波大学ではできないことが明白に見えてるじゃないですか。もちろん世の中絶対に不可能な事柄はないのはそうなんですけど、使う労力に見合うかというと…。
KS:そういうのに意味はない?
高床:そうですね。結局我々は人生において、限られた時間を使っていくわけじゃないですな。明らかにパフォーマンスの悪いことに手を突っ込める人は、よほど英雄にあこがれがある人だけでしょうし。それが悪いとはいいませんけど。英雄にあこがれるだけだと、多分国立大学には入れないんですよね。
KS:筑波大学では公的な学生組織の方は結構しっかりしてるじゃないですか。全代会とか。ああいうところと、ちょっとインタラクションしてみようとか、そういうのってなかったんですか?
高床:実は、最初のころはそれ考えてたんですよ。ただですね、全代会の人間、まあ私いわゆるいろんな人と関わるの好きなので、全代会の人間というのはどういう人間なのかって思って話してみたんですよ。やっぱりその、人間としてはまあ皆さん魅力ある人間なんですけど、結局役職を求めて近づくほどの物を持ってないというか。
KS:というと?
高床:その、わかっちゃうんですよ。あー、これは実権をもっている人間と話しているんじゃなくて、運営側の代行者と話しているだけだって。結局中間に学生がいるだけなんですよね。例えばNHKの料金集めに来ている人に、「お前、受信料高いだろ!」なんて言っても意味ないわけじゃないですか。
KS:うん。
高床:全代会の学生も、べつに実権を持っているわけじゃないですから、虚しくなっていくわけですよね。しかも要求したところで通らないんで。
KS:うんうん。
高床:まあ要求ではなくて、何かサボタージュする運動なら話は別かもしれませんけどね。そこから話をすれば、筑波大学では学生が大学の実権を握る方向での望みは、はなから、まあ、非常に薄い。
KS:なるほど。
高床:だから在野が流行るんでしょうけどね。
「筑波大学の自由は相互不干渉による自由。学生は好きにやり、大学は介入してこない」
KS:これ面白いな。このインタビュー内で私が話に上げた大学って、京都大学、富山県立大学、筑波大学なんですね。三者三様の自治空間がある。
高床:そうですね。
KS:で、京都大学ではやはり、学生が大学の主権を担うべきだという考え方が非常に強い。最初に対権力が来るんですね。
高床:ほうほう。
KS:それは学問の自由を担うための組織が大学であるべきという考え方が基盤になっているんです。例えば国際的なテロ組織の研究をすると公安警察に目を付けられるんじゃないかとか、そこまで極端でなくても、アングラなことを研究対象にする上での世間や国家権力の目から研究者を守るとか、あるいは理学部とか工学部で有機合成とかやってると、地域から(下手すれば権力者から)の無理解に苦しむことも実はあるんですよ。まあ一般市民からみたら怪しいですからね。
高床:うんうん。
KS:世間・行政・国家権力等の無理解からいかに構成員を守るか、あるいは学生が生活に困窮した時にどうするかみたいなのが基盤にあって、それが出来る空間を守るために、やっぱり学生らがコストを凄い払う、代わりに主権を担えるべきというのが、まあいくつかある自治の基盤的考えの一つになってるんですね。
高床:なるほど。
KS:一方で富山県立大学では、本当に最初から大学の部局に近いものを運営している。大学に対しての諦めの感情は、はなっから抱いてないんです。ちゃんと大学執行部や事務局と交渉しつつ、大学の地域貢献や運営におけるかなり重要な部署を担おうとしている。
高床:ふむふむ。
KS:上二者とは違って、筑波大学はまあ、最初から、大学組織にはあんまり期待してないっていうか、運営は大学さんに好きにしてもらって、残りはもう、学生は好きにやりますか、みたいな風土をすごく感じるんですよね。
高床:それがまあ、結局全てですよね。これが大学側が介入してくるとかであれば、話は全く違ってくると思うんですよ。例えば僕たちは学生コミュニティを運営している側だから、ちらっとだけ噂がでた、筑波大学全寮化計画(注:英ケンブリッジ大学のように、筑波大学の学生寮を拡充し、大学を全寮制にしようという計画のこと)。ああいうのをされるとふざけるなって話にはなります。
KS:なるほど。
高床:ただまあ、こっちを束縛してこない限りは、あとはこっちが好きにやるので。好きにやっていることに大学が文句言ってくるなら戦いますけど。まあそういう感じなんですよね。今のところは、大学が何も言ってこないんだったら、こっちも好きにしていいよね。みたいな感覚が筑波大生の中には多いと思いますね。
KS:面白いなあ。3大学を比べると、「反権力による自由」と「交渉による自由」と「相互不干渉による自由」という感じなんですよね。おなじ自由であってもだいぶ違うんだなぁっていう。
高床:それは結構面白いですね。例えばこれが全代会の人からすると話は違うと思うんですけど、僕みたいな人間からすると、筑波大学には「相互不干渉による自由」が存在するって感じですね。
筑波大学高床屋敷氏インタビュー 学生自治2.0+α ~筑波大学の在野自治空間~(第一回) | 千万遍石垣
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