・文章が上手くなりたい
誰かが書く文章を読むたびに、自分の文章の不甲斐なさに絶望し、筆を42回折って月に到達してしまう。
文章が上手くなりたい。
結局自分はまともに文章を書けない。読み手の目線(理解)に合わせて文章の流れを整えることがずっとできないままだ。理想的な文章が何かさえよくわからない。
いや今書けてるじゃんと思うかもしれないが、これは違う。というのも、これは書き始めたら勝手に完成しているタイプのやつだからだ。
確かに、私は一日2000~3000文字程度の思考の痕跡を2時間程度で出すことができる。これにかかるエネルギーはほぼノーコストだ。むしろ、思考を文章に起こすことは自分にとって必要不可欠な日々の儀式と言えるかもしれない。頭の中で発散する思考の内容を外部媒体にアウトプットし、何らかの結論が出たような気になる。するとそのトピックについての思案は一旦ストップされ、自分の脳がクリアになる。むしろ延々と考え続けるとどこまでも深く考え続けてしまって、夜も眠れなくなってしまう。だから、私は適当な思案を定期的に何処かに書き殴ることで”キャッシュを消去”する。そうして出てきたキャッシュがこの文章だ。その量や質は、これまでの日記を見たら推し量ることができるだろう。
しかしながら、思考が毎日出てくるといっても、適当にその場で思いついたことを文字に起こしているだけである。論理とか筋道とか流れと言われるものを一切用意していない。バイブス(とノリとウェイ)だけでやっている。
一度、自分2時間ほどで書き殴った文章を綺麗な流れに校正しようと試してみたことがある。すると、校正に4時間かかった。文章の叩き台を作る時間を含めると合計6時間である。加えて、校正中は本当に集中力が持続しない。雑に思ったことを文章に変換しているときは何の邪念も入らず椅子に座って画面に正対し続けられる一方、校正中は吹き荒ぶ嵐に耐える草木のような落ち着きのなさを露呈してしまう。視線や思考、身体と手足が四方八方に離散しようとするのを留め置く負荷に4時間も耐えられるわけもない。文章を書き殴り終わると、脳がホクホクの状態で山や川へと飛んでいってしまい、校正に帰ることは二度とない。
そして、私の場合どれだけ校正してもそこまでいい文章にはならない。むしろフロウとアドリブで書いたままの方が、リズム感のある文章に仕上がることも多い。これまで校正や筋道を立てる能力を鍛えてこなかったのが悪いんだと思う。でも能力を鍛えるために校正の練習に挑戦しようとしても、意識と肉体がたどたど(多動を示す副詞)し始めて、最終的には四方八方に散り散りになってしまう。
本当に絶望しかないのだ。そんなわけで、今の私には文章を校正する能力がない。適性不足に起因する、能力不足なんだろうと思う。
・校正って具体的に何を指している?
校正校正と言っているが、私ができていないと思う事柄について挙げてみると
①パラグラフや章ごとの論理の流れを示すことができない
一つの段落程度であれば、論理関係を意識しながら文章を書くことならできる。しかしこれがパラグラフや章などという規模感になると、途端に訳がわからなくなる。箇条書きならできるんですけどね。文章を書き始めるより先にパラグラフの論理構成を何となく決めておけばいいじゃないかと思うのだが、それだとバイブスに乗れなくなる。私の脳がフロウに乗ろうとするのは、「思考がどこに飛んでもいいよ」という条件を貰っている時に限る。ゴールが決められていると、脳は途端に執筆を拒みだして全身からやる気が抜けていく。勘弁してくれませんかねえ。
といいつつ思うのは、私の段落はかなり短めにとっている気がする。ひと段落につき主題が一つだという何となくの目安があるので、これくらいで分割するのがいいのだろうと思っている。ただ、これが自分が管理できる論理の流れの最大量だということでもある。うーん。どうすれば……
②文が読みやすいかどうかがよくわからない
悪文を避けようという意識はあるのだけど、なんせ自分はバイブスに乗って文章を書いている。バイブスに乗って書いてる間は、文章が読みやすいかどうかを判断している暇はない。それでも極力一文を短くしようと心がけているつもりではあるし、文の構造や修飾・被修飾関係を明示できるようにしているつもりではある。ちゃんとできているのかはよく分からないけど。
バイブスに乗っている間の自分は、次の思案に早く移りたいと考えているからだろうか、文章の綺麗さに注意を向けるほどの余裕が不足している。えいやあでとりあえず殴り書けてしまう。一方普段の私は、文をひとつ書くのさえ困難なほどのチャーミングな一面を持っている。ちゃんと説明できているのかしら、意図した通りに読めるのだろうかなど、不安で胸がいっぱいになる。ごちゃごちゃになって、山に柴刈りに出かけてしまう。君文章向いてないよ(ガーン)。
最近は日記を毎日投稿して不可逆なものとしているので、前日に書いた文章を一晩おいてざっくり悪文がないか目を通してから投稿する等にはしている。めんどくさい時はサボる。
③何もかもよくわからない
文章の流れをつくるために、後から段落や文を移動させることがよくある。そうすると、段落ごとに仕込んでおいた論理の流れと文章のリズムが崩壊してしまうので、それを再構築しないといけないとか思ったりする。誰も文章のリズムとか気にしてないというのは良く分かるが、バイブスに乗ってる状態でないと出てこない何かがある。多分。
④変な用語を使いすぎる
すみません、バイブスとは何ですか。そういうモヤっとした用語を残したまま筆を置くなよ。お堅い文章が一向に書けないのよ。しかし、一つの文章を書いている時には次の思考どんどんが湧き上がって列を形成し続けているので、一つのニュアンスに拘ってるほどの余裕がないのまた事実。集中して思考を吐き出しているときは、言葉の定義に躍起になるよりも次の思案にとっとと取り掛かりたいので何をどう頑張ってもお堅い文章にはならない。
ということで、文章を書けないというよりも、思考を順番にそのまま外に取り出すことだけしかできないんじゃないかしらと思うわけです。そりゃたまには校正をしないといけない時もあるわけですが、今のところ命を削らない限り校正ができないので、もうちょっと楽に何とかできるようにしたいなあというのが今後の課題であります。結局今書いているこの乱雑な文章が一番ちょうどいいんだけど、これだと何にもならないから……
ちなみに、バイブスに乗って文章書いてる時が一番興奮します。これ以外に興奮する方法あるなら教えてください。涎垂らして興奮しに行きますのでよろしくお願いします。
・まとめ
バイブスに乗った状態でしか文章を書けないので、
①バイブスに乗った状態での文章を読むに耐えるものにまで磨き上げる訓練をする
②バイブスに乗らない状態で論理を流せるように訓練する(バイブスが乗っていなくても椅子に座れるようにする)
③もう文章を書かない
などをする他ないなあと思っている。どうやるのか全然わからないんですが。椅子に座るのむずかしい。
結論:GPTくんに校正をお願いすればいいのでは?
反論:それをしたら一生文章が上手くならんのよ

