・日記振り返りのコーナー
さて、日記が二週間続いた。
どうせ三日坊主で終わるだろうと思われた諸君。残念でした〜^^
ねえねえ今どんな気持ち?どんな気持ち??
ある程度余裕があれば、1日2000字〜3000字くらいは軽く捻り出すことができるね。日中の他の活動によって文章を書く元気が枯渇することもあるが、まあほとんどの日において適当にかけているね。
そもそも、適当な文章を書いている時が一番楽しいので、文章を書く元気が残るように、1日の行動回数を逆算して予定を組むようにしている。文章書くことを通じて思考を洗練していくのってクッソ激烈に楽しいですよね(よだれだらだら)。
文章の読みやすさとか論理の流れとかは一旦おいておいて、内容としては相当踏み込んだことをやっていると思う。シートベルトをお締めください。
日記毎日投稿をした思いがけないメリット:これまでは自分のメモアプリに無限に思案を書き連ねていたのだが、それだと同じようなところをぐるぐる周回し続ける日々であった。チェックポイントがないので、いつまで経っても結論が出ない。世界に結論なんてないんだから、「まとまり」になることはないのだ。それに対して毎日投稿の日記をしていると、毎日なんでもいいからとにかく投稿するという制約が課されたので、自分の思索に対して「今日のところのとりあえず一旦の結論」を無理やり捻り出してその日の話を終わらせる必要に駆られた。そのおかげで、これまでやっていたような同じようなところをぐるぐる周回して次何をすればいいのかわからない問題はある程度解消されたように思う。
要は毎日思考を強制的にセーブしなければいけない状態に追い込んだ結果、翌日以降の思考は過去のセーブデータから再開すれば良くなり、ロードがスムーズになった。文章上のセーブデータを見れば、それをもとに次に進める。そのセーブデータがあってるのか間違っているのかはよくわからないが、無理にでも一つの論理を高らかに宣言することは翌日以降の思考を楽にしてくれる。
これ伝わってるかな〜……?笑 伝わってなければごめんなさい
・ブレインストーミング的、ネットミームカルタ的
以前、東浩紀氏と成田悠輔氏の対談動画を見てかなり嫌な気持ちになった過去がある。
というのも、東氏の発言方法が妙に引っかかった。彼の発言は、あまりにも「ブレインストーミング」すぎるのではないかと感じたのだ。成田氏がトピックAを振ると、東氏はそのトピックAを聞いて思いついたトピックA’についてダラダラと(抽象的なレイヤーで)語り、それを成田氏が現代語に翻訳する。それを聞いた東氏は、その場で思いついたトピックA”についてまたも長々と語り、それを聞いた成田氏は頭を捻りながら具体のレイヤーまで落とし込む……その繰り返しであった。
これを見た時、ネットミームカルタをやっているだけの私と変わらないのではないかと思ってしまった。たまげたなあ。
どうも氏の話し方は、話の全体の流れというのを全く気にしていないように思う。確かにブレインストーミング的な発想で人と会話することもよくあるし、特にこの動画が対話という形式である以上何も言えない。そもそも本や論文ではないわけだし、このような話の仕方が彼の持ち味であると言われれば何の反論もできない。
しかし、この動画を見た頃はちょうど『理科系の作文技術』を読んでおり、自分の論を筋道立てて人に説明するための技術の習得を目指していた頃だ(いまだに会得できていない)。その技術とはすなわち、自分の中にある結論を人に納得してもらうために、一つ一つの前提が正しいということを簡潔に示しつつ、それら前提を組み合わせてうまいこと(この辺の勘所が未だよくわかっていない)論じる一連の流れを生み出すことが必要であると考えていたのだ。
私にとって、拡散する思考を一つの論理に成型することは極めて難しい。おそらく私も東氏のように、勝手に思考が拡散していくあではでの脳みそを有しているのだろう。しかしだね、その時々でふと話題に上がったものに対して適当に思考することだけでは、(少なくとも理系の学術研究においては)意味を持たない。飛び飛びの思考群を、実験や調査や統計操作等の方法を用いて一つの筋道(論理)に成型することで、初めて成果として認められるわけである。
私の脳みそは論理を成型する才能がない。というのも、おそらく自分は思考が勝手に拡散していくタイプだ。その時思ったことに対して適当に思考をしてみたり、ネットミームカルタを行ったりはできても、複数の断片的な思考を組み合わせて大きな論理を成型することが難しい。というか全く訳がわかっていないんですよね。できる気がしない。かといって技術を習得しようにも難しくて未だよくわかっていない。
ほら、これも上の二つの段落でほとんど同じことを書いてるでしょう。こんなの本当はダメなんですよ。ちゃんと全体の論理(今回は別にないけど)を考えた上で、自分が今どこにいるのかを意識しながらしっかり上手いことなんとかしないといけないんですよ。勝手に筆に任せて書いたらこうなるんですよ。かといって、明確な構造を最初に用意した上で一つ一つのトピックを書くということに対しては急に興味がなくなって全く筆が進まなくなるんですよ。殺してください。
だからこそ東氏の発言を聞いた時に、同族嫌悪でやな気持ちになったのだと思っている。本当は論を成型したいのにどうもできないので頭をガンガンと木に打ちつけながら脳みその構造の可塑性に賭けるなどをしていた(?)東氏は書籍ではきっと筋道が明白に示されているのだろうと思う。読んでないからわかんないけど。
・今後の日記の予定
まあでもその場その場で思いついたことを適当に論じるだけなら、十分な睡眠をとってさえいればストレスなくできてしまう。その上やっていて楽しいので、せっかくだし活動しておくか〜というわけで日記を始めたわけである。ただし、実際適当にその場その場で思いついたことを書いているだけであって、誰にとってもそんなに意味はないと思う。頭の体操にはちょうどいいかもね。
残りの課題としては、ミクロな校正とマクロな構成をなんとかするということである。ミクロな校正の意味するところは文章の読みやすさとか、文同士のつながり、適切な接続詞の使用などである。悪文を避ける、すなわち文の構造を容易に把握できるようにすることもこれに含まれる。全然わからないが、無限量の文章を書いていれば慣れていくのではないかなどと考えている。定期的に読みやすい文章の方法論を摂取してそれを取り入れつつ、異常量の文章を書いて人々を怖がらせましょう!
マクロな構成に関しては、これは全体の論理の流れを意識しながらパーツを作っていくという話である。こればっかりはいつまで経ってもできるようになる気がしない。何か画期的な方法があれば教えてください。

