椅子取りゲームの罠

椅子取りゲームの罠

皆さんは椅子取りゲームをご存じだろうか?

筆者は小学校でよくやっていたが、オンライン環境下では下火になっているのかもしれない。

 

簡単にいうと椅子に早く座るゲームである。椅子が円形に並べられていて、児童がその縁の中にいる。音楽がなっている間は円のなかを自由に動き回り、音楽がとまるとパッと椅子に座るのだ。これを繰り返すのだが、そのたびに椅子の数をどんどん減らしていく。そのため座れる児童と座れない児童が出てくる。椅子が最後の1つになるまで繰り返し、最後に座った児童が勝者である(注1)

少なくともコロナ前までは椅子取りゲームは小学生や未就学児童の定番であり、何度も何度も椅子取りゲームを繰り返し勝利と敗北を味わっていた。筆者もかなり楽しんだ記憶がある。多くの場合は椅子取りゲームの「ゲーム」としての性質が論じられるのだが(注2)、ここでは少し視点を変えて「椅子」の方にも着目してみたい

 

椅子取りゲームのイメージ。最後の一つになるまで座れる椅子が減っていき勝敗が決まる

椅子取りゲームに熱中していると、だんだん椅子が壊れたり崩れたりしていく。椅子は物理実体を持っているので、よく考えれば当たり前である(注3)。怖いのは、椅子取りゲームの最中は椅子の状態など気にしないし、どれだけゲームに勝っても椅子は治らないことだ。いちいち椅子の心配などしていればゲームに集中できずに負けてしまうだろう。

 

椅子を直すには、ゲームを立ち上がって修理道具を持ってきたり、新しい椅子をどこからか持ってくるか作る必要がある。もしかすると、ゲーム自体を止めないといけないかもしれない。勝ち数の増加につながらず評価されないことを、ルール外で行わなければならないのだ

 

これは一般化出来るのではないだろうか。すなわち「何か競争が起こっている場合、競争を続けるためには、競争の評価対象ではない行動が必要である」という洞察だ。椅子取りゲームに耽溺するだけでは椅子がどんどん壊れて全員がケガするように、競争を行うなら競争できる環境をせっせせっせと整備して気持ちよく「競争」とやらをおこなってもらう必要があるのだ(勘違いしないでほしいが、その「競争」の価値は全くの無関係である。意味があろうがなかろうが「競争」にはそういう性質があるという話をしている。)

椅子取りゲームに激しく熱中していると、椅子(環境)が壊れていくイメージ。 

昇進・コンペ・マッチングアプリ・ノルマ・指名・就活・受験…。競争は大変だ。競争に勝つのはもっと大変だ。勝つと嬉しいし、負けると悔しい。競争から降りた人間を馬鹿にし冷笑するのも気持ちはわかるのだ。だがその勝ち負けや順位にこだわるだけでは、競争している全員がやがて沈んでしまう。椅子取りゲームの最中にゲームを辞めて椅子を交換する人のように、競争から降りて全く違う評価基準で行動する人が必要なのだ。(もちろん椅子取りゲームと実際の競争は異なるので、何が「競争環境を保つ行動なのか」はほぼ非自明である。椅子の交換のようにわかりやすくはない。そのため「全く違う評価基準での行動」を可能な限り幅広く評価し称揚することが必要だろう。現実は多様であり、かつ現実が壊れた際の不利益は甚大であるからである。)

 

よりよい椅子を求めて動いたり、椅子を奪い合うことだけに注力してはならない。椅子自体を修理したりよくする行動無くして、椅子取りゲームは成り立たない。例えば職場に不満があるとすぐに転職すればいいとアドバイスされるが、職場の環境改善にだれも労力を割か無くなれば、いい転職先自体が現実的に存在しなくなってしまう。それでは全員が不幸になるだけだ(注4)。

 

小学生社会に同調圧力があるように、周りのせいで競争ゲームを強いられている人もいるだろう。椅子取りゲームが楽しいように、現実の競争を楽しんでいる人だっているだろう。そういう人たちにとって、競争のルールに従わない人はカリカリイライラさせてくるオブジェクトに見えるのかもしれない。ただあなたが「競争」とやらにかまけていられるのは、そういう人たちのおかげかもしれないのだ(注5)。

競争するのは勝手にすればいいし、メリットもあるだろう。ただ競争に乗らない人をある程度褒めたたえるのをやめてはいけないのだ。椅子取りゲームの罠にはまってはいけないいつか椅子が壊れて頭を打つのは、あなたなのかもしれないのだから。(注6)

 

 

注1:椅子がどんどん少なくなるのであれば、自分が座っていた椅子の周りからテコでも動かない人が出てくるかもしれない。それを防ぐためのルールとして、1.2連続で同じ椅子、もしくは隣の椅子に座ることは禁止2.椅子と児童をグルーピングし、毎回ランダムに座る児童グループと椅子グループを決める(例:フルーツバスケット)等の種々のローカルルールがある。

 

注2:数多くあるが、岡ら「知的能力障害を伴う自閉スペクトラム症児に対する

椅子取りゲームの指導」, 対人援助学研究, 2021は椅子取りゲームの利用という点で興味深かった。vol11_11_oka-yoneyama.pdf (humanservices.jp)

 

注3:小学校の椅子は割と古く壊れやすい。

 

注4:腹くくって自分の会社や業界を改善しないといつまでたっても転職先を探して消耗する羽目になる。

 

注5:むしろ「あなたの方が」競争に自分と他人の資源を浪費する、ブルシット・ジョバーかもしれない。

 

注6:今回は椅子取りゲームという競争は維持すること(集団の大半は椅子取りゲームを続けること)を前提として話したが、そもそも椅子の数を増やして競争フリーにすればよくね?という考え方は普通にありうるし、なんなら主流の一つである。ただそれだけだと椅子取りゲーマーは納得してくれないんですよ…。