形骸化した第二外国語教育に新たな意義を与えるために——E2科目の発想を活かしたエスペラント導入提案——【過去記事改訂版】

形骸化した第二外国語教育に新たな意義を与えるために——E2科目の発想を活かしたエスペラント導入提案——【過去記事改訂版】

【本記事について】
本記事は、以下の過去記事の内容を大幅にアップデートしたものです。

なぜエスペラントなのか——形骸化した制度に新たな意義を与えるために
(第二外国語教育の現状分析と、エスペラント導入の正当性を多角的に論じた記事)

【主なアップデート内容】
1. 日本において大学の第二外国語がそもそも廃止されようという流れが存在する事実への言及
2. 既存の二外の先生の専門分野へのリスペクト——「E2科目の発想を活かす」という新たなアプローチの提示


序論——問いの所在

日本の大学における第二外国語教育は、誰のために、何のために存在しているのか。

この問いに明確な答えを持つ者は少ない。特に理系学部においては、週に数コマ、わずか一年間の学習で、その言語が実用的な水準に達することはまずない。多くの学生は、英語すら十分に習得できていない段階で、なぜ別の言語を学ばなければならないのかという疑問を抱えたまま、単位取得のためだけに教室に座っている。

こうした状況を受けて、第二外国語教育の見直しや縮小を検討する動きが、各大学で広がりつつあるという。形骸化しているのであれば、いっそ廃止してしまえばよい——そのような発想が生まれるのも、ある意味では自然なことかもしれない。

しかし、本稿は廃止という方向性に対して、異なる道筋を提案したい。形骸化しているから廃止するのではなく、形骸化した制度に新たな意義を与えるという方向性である。

廃止という選択肢には、見過ごせない問題がある。

まず、既存の第二外国語教員、特に非常勤の先生方の雇用である。仮に十分な検討や移行措置なく廃止が進められれば、多くの先生方が職を失うことになりかねない。

そしてもう一つ、より根本的な問いがある。近年、日本の大学や研究機関においては、限られた資源を重点分野に集中させる方向性が強まっている。短期的な成果が見えにくい分野、直接的な経済効果を示しにくい分野は、縮小や統廃合の対象となりやすい。第二外国語教育の見直しも、こうした流れの中に位置づけられるだろう。

しかし、この方向性は、本当に日本の進むべき道なのだろうか。日本の科学分野における国際的プレゼンスが低下傾向にあると言われる今日、大国が莫大な資源を投じて覇を競う分野だけで戦い続けることには限界がある。そのような状況下で、第二外国語教育を縮小することが、長期的に見て日本の利益になるのだろうか。

第二外国語教育は、単なる言語技能の習得にとどまらず、異なる言語体系や文化的視点に触れる機会を提供してきた。これは、国際的な研究協力や、異分野融合による新たな知の創出において、目に見えにくいが重要な基盤となる。

むしろ日本は、派手さはなくても着実に基盤を固め、多様な知の領域を維持し、それらが思わぬ形で結びつくことで独自の価値を生み出してきたのではなかったか。語学教育もまた、そうした知的基盤の一つである。

たしかに、形骸化した第二外国語教育をそのまま続けることに意義があるとは言いがたい。だが、形骸化を理由に切り捨てることは、将来の可能性をも閉ざすことになりかねない。一度失われた制度や人材を取り戻すことは、維持することよりもはるかに困難である。

本稿では、こうした問題意識のもと、第二外国語教育に新たな生命を吹き込む具体策として、E2科目の発想を活かしたエスペラント導入を提案する。


第一章 エスペラントという言語の特性

なぜエスペラントなのか。まず、この言語が持つ特性を確認しておきたい。

一、圧倒的な学習効率

エスペラントは文法が完全に規則的で例外がない。正しい方法で学べば、一年間で自身の英語力に追いつくことも可能である。最近の生成AIはどれも流暢なエスペラントを扱えるようになっており、学習環境も飛躍的に向上している。

現状の第二外国語教育では、一年間学んでも実用的な水準に達することはまずない。しかしエスペラントであれば、その一年間で実際に使えるレベルに到達できる。これは、形骸化した制度に実質的な意義を取り戻す可能性を意味する。

二、異文化理解のツールとしての優位性

エスペラントは特定の国家や民族に属さない中立的な言語である。フランス語を学べばフランス語圏の文化に、ドイツ語を学べばドイツ語圏の文化に、限定的にアクセスできる。しかしエスペラントの国際的な交流の場では、世界中から多様な背景を持つ人々が集まり、対等な立場で交流できる。

異文化理解が第二外国語教育の目的であるならば、特定の文化への入口を提供するよりも、多様な文化への窓を開く方が、その目的により適っているのではないだろうか。

三、予備教育効果

エスペラントを先に学ぶと、その後の他の外国語の習得が促進されるという効果が、約100年にわたる研究で報告されている。言語学習の成功体験を得ることで、「自分にも外国語ができる」という自信を獲得し、他の言語への挑戦意欲も高まる。

以下では、まず従来の提案が抱える課題を確認した上で、E2科目の発想を活かした新しいアプローチを提示する。


第二章 従来の提案に対する懸念

エスペラントを第二外国語の選択肢として追加するという提案に対しては、いくつかの懸念が想定される。特に、「既存の第二外国語教員が、そのままエスペラントの担当にスライドできる」という論理展開については、以下のような課題を認識しておく必要がある。

一、教員の専門性に関する現実

第二外国語を担当する教員の多くは、職業的な言語学者でも専門の語学教育者でもない。彼らの本来の専門は、特定の言語圏に関わる歴史・社会・文学・哲学などであり、言語教育はむしろ大学に身を置き続けるための手段である場合が少なくない。

このような条件下で、彼らが大学レベルで教えられる水準までエスペラントを習得することを期待するのは、現実的ではないかもしれない。

二、大学の採用基準との整合性

大学は「誰でもいいから」雇うわけではない。非常勤であっても、一定の研究歴や教育経験が求められ、採用は専門的基準に基づいて行われる。「既存の教員がスライドする」という想定は、大学の採用・人事の実態と必ずしも合致しない可能性がある。

三、教員の専門性への配慮

「他言語の教員が、次の学期にはエスペラントの教員になり得る」といった表現は、教員たちが自分たちの専門的仕事を軽視されていると感じる可能性がある。教員は通常、先週覚えたばかりの内容を授業で教えるようなことはしないし、学生もそのような授業を望まない。

これらの課題は、真摯に受け止める必要がある。

問題の核心は、「既存教員にエスペラントを教えてもらう」という発想そのものにある。教員の専門性を活かしつつエスペラントを導入する道はないか——この問いに答えるヒントが、京都大学に現存する一つの制度にあった。


第三章 E2科目の発想を活かす

そこで本稿では、発想を転換した新しいアプローチを提案したい。それは、京都大学に現在存在する「E2科目」の発想を活かすというものである。

一、E2科目とは何か

京都大学には「E2科目」と呼ばれる授業区分が存在する。ここでの「E」はEnglish(英語)を意味しているが、重要なのは、この科目群では英語そのものを学ぶことが目的ではないという点である。

E2科目において、英語はあくまで媒介であり、主眼は各教員の専門分野に関する教科内容を学ぶことに置かれている。そのため、英語の文法や表現についてはテストで一切減点しないという方針が採られている。

E2科目を担当する先生方は、必ずしも「大学で英語そのものを教えられるレベルの英語力」を備えている必要がない。なぜなら、先生方が教えるのは英語ではなく、あくまで自身の専門分野だからである。

二、この発想をエスペラントに応用する

このE2科目の発想を、エスペラントに応用できないだろうか。すなわち、E2科目の「E」をEsperantoのEに読み替えるという発想である。

誤解のないように付言すれば、これは授業形態についての提案であり、単位としては現行の初修外国語(第二外国語)の枠組みを維持することを想定している。

仮に第二外国語の廃止が検討されている場合であっても、この方式は廃止に代わる建設的な選択肢となりうる。形骸化を理由に廃止するのではなく、形骸化を解消する方向へ舵を切るための具体案だからである。

そもそも、初修外国語教育の本来の意義は、特定言語の実用的習得というよりも、異なる言語体系に触れることで知的視野を広げ、異文化への感性を養うことにあったはずである。E2科目形式は、この本来の意義により忠実な形態と言えるかもしれない。

三、授業の具体的な形式

この提案における授業は、以下のような形式で進められる。

まず、授業で使用するエスペラント教材を作成する。これは確かに大変な作業であるが、生成AIの力を借りれば効率化できる。最近の生成AIはどれも流暢なエスペラントを扱えるようになっており、翻訳や教材作成の効率は飛躍的に向上している。

教材作成は、提案者側で基盤となるものを用意し、各教員がご自身の専門に合わせてカスタマイズする形が現実的であろう。あるいは、教員と提案者側が協働で作成する体制も考えられる。いずれにせよ、教員に一方的に負担を押し付けることは避けなければならない。

そして、そのエスペラントで作成された教材を、先生と学生が一緒になって読み解いていく。

ここで重要なのは、エスペラントの文法が完全に規則的で例外がないという特性である。基礎的な仕組み(品詞を示す語尾、規則的な動詞変化など)を最初の数回で紹介すれば、その後は教材を読み解く過程で自然と文法が身についていく。これは、例外だらけの自然言語では不可能な、エスペラントならではの学習形態である。

加えて、技術の進歩も見過ごせない。たとえば、エスペラント文に注釈的なルビを振るアプリケーションなど、読解を補助するツールがすでに開発されている(https://senmanben.com/20251229/6469/ の”1. エスペラントルビ振りアプリ”参照)。こうしたツールを活用すれば、学習の初期段階から専門的な内容に取り組むことが可能になる。

この形式において、先生方はあくまで自身の専門分野を教えるのであり、エスペラントはその媒介手段という位置づけになる。

なお、エスペラントは習得が極めて容易であるため、媒介言語として教材を読み解く過程で、自然と一定レベルの言語能力が身につくことが期待できる。


第四章 この方式がもたらす解決

E2科目の発想を活かすこの方式は、第二章で挙げた課題に対して、どのような解決をもたらすだろうか。以下では、まず従来提案の懸念への応答を示した後(一〜三)、本稿の核心である形骸化解消のメカニズムを論じ(四)、最後に運用面の補足と付加的な利点について述べる(五〜六)。

一、教員に求められる能力の再定義——「専門性に関する現実」への応答

E2科目を担当する先生方が「大学で英語そのものを教えられるレベルの英語力」を必ずしも必要としないのと同様に、この方式においては、先生方が「大学でエスペラントそのものを教えられるレベルのエスペラント力」を持つ必要は全くない。

これにより、「教員がエスペラントを習得できるか」という懸念は大幅に緩和される。先生方に求められるのは、従来通り、ご自身の専門分野に関する深い知識と教育能力である。

もちろん、授業を進める上で、教材のエスペラント部分についての最低限の理解は必要となる。しかし、エスペラントの基礎は非常に簡潔であり(基本文法は16条の規則に集約される)、教材作成の過程で自然と必要な知識を身につけることができる。また、教材には詳細な注釈を付けることで、言語面での負担を軽減することも可能である。

二、教員の専門性を最大限に活かす——「専門性への配慮」への応答

従来の「エスペラントを第二外国語として追加する」という方向性では、既存の教員にエスペラントという新しい言語を教えてもらう方向へスライドさせることが含意されていた。これは先生方の専門性——ドイツ語、フランス語、中国語、あるいはそれらの言語を通じて研究されてきた文学・歴史・思想など——を十分に活かしきれていないという問題があった。

一方、本提案では、先生方の専門分野をエスペラントを通して読み解いていく形式となる。先生方の専門性を最大限に活かしながら、エスペラントという新しい媒介言語を導入することができる。これは、「教員の専門性を軽視している」という懸念への応答となる。

三、採用基準との整合性について

この方式では、教員はあくまでご自身の専門分野を教える。したがって、採用の際に問われるのは従来通りの専門的基準であり、エスペラントに関する特別な経歴や業績は必要とされない。既存の採用・人事の枠組みとの整合性が保たれる。

四、なぜこの方式で形骸化が解消されるのか

ここで、本稿のタイトルが約束する「形骸化の解消」について、改めて論理を整理しておきたい。

従来の第二外国語教育が形骸化していたのは、到達目標と学習期間の乖離が大きすぎたためである。週数コマ、一年間の学習では、自然言語を実用レベルまで習得することは困難であり、学生も教員もその無理を承知で惰性的に授業を続けてきた。目標と現実の乖離が、教育を形骸化させていたのである。

本稿の提案は、この構造を根本から変える。E2科目形式では、目標は「エスペラントの習得」ではなく「エスペラントを媒介とした専門内容の理解」である。そしてエスペラントの習得容易性ゆえに、媒介言語としての機能は一年間で十分に果たせる。

到達目標と学習期間が整合するとき、教育は形骸でなくなる。これが、本提案によって形骸化が解消されるメカニズムである。

五、言語能力の評価についての整理

現行のE2科目において英語の表現や文法のミスが減点されないのと同様に、この方式においても、エスペラントの表現や文法のミスは減点しないという方針で臨むことが考えられる。あくまで授業内容の理解に主眼があるという基本姿勢は、媒介言語が英語からエスペラントに変わっても維持される。

六、印欧語文化への「窓」としての機能

加えて、エスペラントの言語的特性も、この方式のアピールポイントとして挙げられる。エスペラントは、印欧諸語の原文がもつニュアンスを比較的忠実に受け止めて表現しやすく、印欧語文化への「窓」として強力に機能する。

英語を媒介とした学習とは異なる角度から、西洋の学術文化にアクセスできる可能性がここに示唆されている。


結論

本稿では、形骸化した第二外国語教育に新たな意義を与える具体策として、E2科目の発想を活かしたエスペラント導入を提案した。

この提案は、既存の制度的枠組みを活用し、教員の専門性を最大限に活かしながら、エスペラントという効率的な媒介言語を導入するものである。全く新しい制度を一から構築するのではなく、既存の発想を読み替えるという形式を採ることで、実現への道筋を探ることができる。

第二外国語教育の意義が問い直されている今日、「廃止」という選択肢だけが解ではない。形骸化した制度を、ただ惰性で続けるのでも、切り捨てるのでもなく、その価値を再発見し、現代に適した形へと発展させる——本稿はその一つの可能性を示す提案である。

*  *  *

署名のお願い

この提案を実現に近づけるために、皆様のご協力をお願いいたします。

私たちは現在、「E2科目の発想を活かした授業形式で、エスペラントを京都大学の初修外国語(第二外国語)の一科目として導入できないか」という提案に向けて、署名を集めています。具体的には、エスペラントを媒介言語として各教員の専門分野を学ぶ授業を、初修外国語の単位として認定することを求めるものです。署名が1000筆集まった段階で、需要データと授業案をまとめ、国際高等教育院(ILAS)に正式に相談・提案することを予定しています。

署名フォーム:
https://forms.gle/6XFx5Wvr4wfjc9Lb7

ご意見・ご質問など、気軽にいただけると嬉しいです。

京都大学エスペラント語研究会
WP Twitter Auto Publish Powered By : XYZScripts.com