これおもしろかった
人が依って立つべき価値観、すなわち大地が粉砕されたとき、ただ中空でプカプカ浮かんでいても、実のある仕事はできないから、まさに「細い体のどこに力を入れて立てばいい?」 であるから、しぜん、かれの頭から大地を導出する試みが始まるだろう。価値観の創出・スペースコロニーの建設。
さて、自分なりの大地の導出を始めたとして、これまでに既存の大地を粉砕してしまっているから、半身が飽かず創造しても生なかな価値観では自己のもう半身にまた粉砕されてしまうだろう。価値観の根拠をひたすらに問い続けるならば、それは無限後退であり、はたまた動物的本能に基礎づけるならば、ある種の決定論に陥らざるを得ない。価値観を問うことが決定されているなら、創作することも思考することも決定されているならば、思考することそれ自体がナンセンスだろう。ただ、人は成り行きに任せておけば神の見えざる手によってすべてが予定調和へと落ち着く。
この自然な道行きによって、人は自己準拠のループへと逢着する。「我思う、ゆえに我あり」自分自身によって自己を支えているその構造自体が不可避なものであって、そのループ自体を地平に始めるべきじゃないのか。
自己の構造を維持し続ける構造、秩序を再生産する秩序という問題設定をするならば、保守サイバネティクス主義?みたいな政治思想になるんじゃないか。負のフィードバックを設定することによって両極端を廃し中庸を目指す。拒食でも過食でもなく適正体重を目指す。「動ける身体へ」舵取り・ガバナンス・サイバネティクス
「極端でない」という政治思想は若年層にとってあまり魅力的ではないだろうし、固定された秩序ではなくてコマのように循環する流動的秩序は軸がブレてなくても老年層には不安を与えるものだろう。多くの人間にサイバネティクス的思想は耐えうるのだろうか?偶像の黄昏→永劫回帰みたいなノリにみんなついてこれるんか~???
所詮この世は自転車操業!

