・消費と分析と再構築
結構ちゃんと考えたんだけど真面目に文章に書き起こす元気が今日ないのでふんわりやるぞい。
少なくとも知的活動に限って言えば、「消費」と「分析」と「再構築」の三つに区分することができると思っている。
消費
「消費」とは、何者かによって咀嚼されたキットをこなす行為だ。パッケージされたツアーにひょこひょこついていったり、椅子に座ってコース料理を味わったり、レシピ通りにご飯を作ったり。結局は何者かの作為に基づいて受動的に物事を済ませるということなので、私はあまり好きではない。というかこれに貴重な時間とお金を費やす意味が正直全くわからない。渋々楽しみを見出すとすれば、「消費」を通して誰かが作った作為を見破ることくらいしかないが、これは下の「分析」に分類される。私は消費が全然好きではない。
分析
「分析」とは、物事をじーっと観察して世界の構造を見極める行為だ。私はこれをしている時が楽しいし、これまで見えてなかった構造に気づけた時は知的好奇心が満たされて快感を覚える。構造に気づくと、同じ世界をさらにメタの視点から観察することができるようになる。むかーし書いた記事では「世界を見るための眼鏡を増やす」と表現していたが、これは構造を知ることで物を見るための視点を増やすことと同義である。
「分析」をしていると、運次第で多量のドーパミンが放出され、多幸感を得ることができる。多量のドーパミンを得られるかもしれないギャンブルには再度参加したくなるので、私は「分析」を止めることができない。
再構築
「再構築」とは、「分析」により理解した構造をパーツとして組み合わせてみる行為である。「分析」をしていれば勝手に自分の中にパーツ(構造)がストックされていく。それらを適当に組み合わせると何か面白いことが起きるんじゃないかと、ワクワクしながら適当にいじってみる。時折それらの組み合わせが実装されたり、実装されなかったりするわけだ。
正直、これ、クッソ楽しい。そもそも物を組み合わせてみたときにどういう反応が起こるのかワクワクするのって、全人類共通ですよね(圧力)。未知の反応への期待はそりゃ嬉しい。それに加えてですね、不確実性に身を投じることでしか得られない栄養がある。これは完全にギャンブル。しかも構造を精緻に理解すればするほど確実性が高まっていく。完全な運ゲーではなく、努力により成功確率を上げられるタイプのゲームなんですよこれ。ん〜〜!!!生の実感!!!!!!!!!!
「再構築」にもいろいろあって、でもそれってある程度直線上に並んでいると思うんですよ。ちょっと説明が難しいんだが、”程度”というよくわからない概念を用いて3段階に分けて考えてみる。守・破・離と近いような遠いような。
一番程度の低い「再構築」は、すでにある物の組み合わせを丸々パクって実装する。誰かがやってた内容をまるまんまパクる。程度をちょっと上げると、すでにある物の組み合わせから自分なりにアレンジを加えてみたり、アドリブで全然違うパーツを引っ張ってきてみたりして実装する。程度をさらに上げると、今までに誰もやってこなかった(ように見える)組み合わせ方法で実装する。めんどくさいのでこの文章では今後それぞれを守・破・離に対応させる。別に甲・乙・丙でもいいんですけど。
結局芸術とかもそういうことになっているんだと勝手に思っている。「守」さえよくわかっていない人、すなわちパーツの組み合わせが把握できていない凡人や素人にとって、「離」の段階の人をみても多分何をやっているのかわからないだろう。乏しいボキャブラリーから必死に捻り出した「天才」「ギフテッド」などという言葉で彼らをラベリングして安心するしかないのだろう。
「離」をやるには、結局、組み合わせるべきパーツたちをどれだけ精密に理解しているかというところが大事なのだと思う。パーツを隅々まで理解して、それぞれを自分の手足のように扱えるのであれば、悠々と「破」や「離」が可能なのであろう。落合博満とか桜井政博とかを見ているとそう思う。あの人らはよく天才と評されるが、ただパーツを組み合わせているだけだろう(それができるからすごいんですがね)。
最近のネットビジネス等では、当たる新しいビジネスモデルが確立されると、高額情報商材として販売されて2~3年ほどでそのノウハウが広まっていく傾向にある。情報商材を作った人間はすでにその市場でのポジション・信用・顧客を確保しているのでそこまでダメージではないだろうし、むしろ市場が拡大することによるメリットが大きかったりする。別にモデルを教えずに独占・寡占状態を維持できるんならそうすればいいと思う。だが、そもそもネットビジネスなんて数年で市場が飽和するものだし、儲からなくなる前にもうひと荒稼ぎしようという魂胆だったりするのかもしれない。まあいずれにしても、「離」をできた人間の行動戦略はこんなところになるのだろうか。情報商材を買った人間は「守」をし、少し目端が利く人間は「破」ができるだろう。「破」ができれば差別化が図れて生存率が上がるのだろうが、結局のところビジネスモデルを一番最初に見つけて構築した人間がすごいと思う。まあ彼らも先人の焼き増しから入ったのだろうと思うが。
頂き女子なる人物は明らかに「離」をやっていて結構すごいと思う。多分ホストの色恋営業を見て自分なりに「離」を構築したのだろう。まあ明確に詐欺なのでダメなんですが(ホストがOKなのどういう論理やねんという感じはするが)。
閑話休題、結局私は「再構築」がしたいのだ!できたら「離」!
「再構築」、あまりにも楽しい。「消費」なんか本当にどうでもいいし、「分析」も人生の情熱を注げる代物ではないように感じている。明日に続く
・世界の構造が見えすぎる
どうすればいいんだこれは。俺だけなのか!俺だけ”全て”が見えている!!
さて、自分だけ”全て”(全てとは言ってない)が見えると、どうすればいいのかわからないにゃんね。
にゃごろんにゃごろん〜
にゃごろ〜ん ごろにゃ〜ん
成田悠輔氏の言語化力はすごいなあ。自分は全てを見えていると言ったが、彼ほどの処理速度と深みを持ち合わせていない。今のところ。追いつけるとも思えないが、ここ数年の能力の伸びを考慮して39歳になった時の自分の実力を外挿すれば追いつけるのかもしれない。いや多分追いつけない。しかしこの加速度で能力が伸び続けるとも思えないが、意外と伸びるかもしれない。前頭前野の成長の年齢みたいな問題に依存するんだろうけどよくわからないね。
こと構造把握だけに絞ると、自分は相当上位に位置するのかもしれないという自惚れが生じつつある。それでも自分より遥かに勝る人はぎょうさんおるので、そのような人々の方を向いて1日5回のお祈りをするのがいいんだろうなと感じている。明らかな化け物は各世代にそれなりの数いて、恐ろしい〜(話してみたいね)という気持ちになる。
というか、早口をやめたほうがいいような気がしてきた。もう少しアウトプットの速度を下げて、ゆっくりと一文を読み上げると同時に話全体の流れを把握することのメモリを用いた方がいいのかもね。
すごい、これくらいの温度感がちょうどいいな。ぜーんぜん何も考えずに思いついたことを打ち込んでるだけ。気が楽〜。

