最後のランナーに聖火が渡された瞬間、被っていたフードが風で捲れて最終走者の御尊顔があらわになる。徐々に大きくなる会場のどよめきが最大限に達したその時、観客席にいた名もなき男がこう叫ぶ。
「天皇陛下、万歳!」
示し合わせた訳でもなく万歳三唱はたちまち会場中に波及し、彼が聖火台に近づく頃にはスタジアムを埋め尽くす大観衆が皆、狂ったように両手を地から天へとくりかえし振り上げ続けていた。
(またか…結局俺たちは80年前から何一つ変わっていないじゃないか…)隆司はコロナ禍における政府と国民の対応を思い出す。
盲目的に大本営、つまりマスコミの発表を信じ込み、国の教育を疑うことなく、周りに流され、足並みを揃えない人間を糾弾する。他の人と違うことをすることを極端に恐れ、とりあえず皆に合わせる。疑うことなく上に従い、それを怠る者を非国民だとして罵り、精神的に追いつめる。いくら我々が誇り高き大和民族だとは言え、同じ日本人同士で足を引っ張りあう現状を、散っていった英霊たちに胸を張って見せることができるのだろうか。権力を持つもののプライドと権益のためにたくさんの民の生活が犠牲になる。この国はいつまで大東亜戦争を行っているのだろうか。
南の方から聞こえる轟音に大衆が気づくのは少し後のことだ。視野角を広げるための普通よりふた回りも大きいゴーグルと、高高度の寒い環境での13時間にも及ぶ長時間の航続に耐えうる耳当て付き帽子に身を包んだパイロット。
「なんてこったい…ゼロファイター…」
アメリカ国旗の服に身を包んだ、恰幅のいい老爺が狼狽しながらこう漏らす。250キロ爆弾を後生大事に抱え込んだ機体はあれよあれよという間に観客の埋まる会場へと高度を落としていく。ザハ氏の設計した新国立競技場に密かに仕込まれた対空砲から放たれる迎撃を全て華麗に避けきれるのはパイロットの日頃の鍛錬の賜物であろうか。東京上空を展示飛行していたブルーインパルスの援護も間に合わず、ついに真っ赤な日の丸を掲げた緑の機体が地面へと墜ー
(part2へ続く)