五月病の傾向と対策 withにゃんこ

五月病の傾向と対策 withにゃんこ

布団から出られない、夜更かしと寝坊の日々。締め切りの迫る課題がたくさんあるのに手をつけられない。何とはなしにスマホ、気づいたら延々とTwitterとYouTubeを眺めてる。

にゃーん。五月病です。

きっと誰しも気分のムラがあって、やる気が出ない時が波のように引いては押し寄せる。5月に限らず一年中、その波の中で人生が続くのだと言っても過言ではないかもしれません。そういう波をどうやって対処していくか、現時点での備忘録としてここに記します。暇な人間は猫様たちを眺めながら生活に思いを馳せてくれれば幸い。(猫としゃべりたいあなたはこちらの記事へ)

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五月病は誰のせいだろう?

障害の社会モデルという考え方があります。1970年代からの障害者運動を通して日本に定着しつつある、障害についての考え方。車椅子ユーザーを例に挙げます。障害はその人の足にあって、健常者と同じ生活をできるようにその当事者が頑張って適応しなければならない、そういう考え方が旧来の、障害の「個人モデル」や「医療モデル」。一方で、車椅子に乗る当人ではなく、スロープがない場所や車椅子ユーザーが生活しづらいその環境側にこそ障害があるという考え方が「社会モデル」あるいは「環境モデル」といわれるものです。(障害者運動や当事者研究といったワードで検索してみてください)

さて、五月病は誰のせいか。五月病の社会モデル。自分が全部悪いんだと自責し過ぎる必要はないと私は言いたいです。私の場合は往々にして自己嫌悪が五月病を悪化させてきた気がします。全て自分のせいにしても良い結果にはならない。

もちろんここで、悪いのは環境だ、課題を出してくる教授が悪いし出席を強要する大学が悪い、バイトをしなくては生活もままならなくなった資本主義が悪い…など外へ外へ責任転嫁をしていても仕方がありません。周りの環境をなんとか変化させることで、沈んだ気持ちの波からの脱却を目指す、そういう考え方をするのがいいだろうと暫定では感じています。

前置きはここまで。ここからは、私が五月病として苦しんでいること(傾向)と堕ちている時にどうやって回復しているか(対策)を書いておこうと思います。あくまで、私の症状の備忘録。とりあえず4選。

傾向①課題できなくてつらい

人格を分けてみる

私にはたぶん「ガンバレール人格」と「ガンバレナーイ人格」があるのです。人格というと大袈裟だけど、ポジティブモードとネガティブモードといった感じ。私にとって辛かったのは、その「カンバレール人格(生活習慣もしっかりしてて勉学も順調)」の時の自分が「ガンバレナーイ人格(ずっと布団で過ごす五月病状態)」だった自分を責めてしまうこと。そして「ガンバレール人格」を理想としすぎて「ガンバレナーイ人格」の自分を許せなかったことです。

カタカナって分かりづら。とにかく、頑張れる自分と駄目な自分と統合しようとしないことで、少し楽になりました。他の人格を攻撃していても悲しくなるだけだ、と。その代わりに「ガンバレール人格」が疲れず継続して進捗を生めるための工夫や、「ガンバレナーイ人格」が酷くなる前に回復するための手立てを考えるようにしよう。人格統合を諦めると、自己嫌悪をちょっと防げるようになりました。

中途半端さを厭わないで

私にはどうも完璧主義の傾向があるそうです。人に指摘されて最近やっと気づきました。計画してた100%ができないと分かった瞬間急に落ち込むというか、やる気が削がれる。実際それってもったいないことです。5%でもいいから少しでも手を付ける、「今日なんも出来なかった」じゃなくて「ちょっとしか出来なかった」と言えるように、中途半端を許容する。あと、記録を付けるのも有効でした。実際は10%成果があった日でも、100%ではなかったという一点で、実感としては0%の駄目人間というように私は思いがち。そうやって後からバイアスかけて泣きがちなので、記録をつけて「自分頑張ってたじゃん」と思えるように。

傾向②気づいたらずーっとスマホ見てる

動画やSNS。さほど見たいものでもないのに、何だかやめられない。実は未だにこれを解決できたことはありません。何か助けに繋がりそうな本があるので紹介だけしておきたいと思います。

浪費できるように

暇ではないのに何だか退屈な気分。憂鬱な気分。布団の中でスマホを眺めている時、私たちは目的もなくただ電子情報を消費しています。この消費には満足というキリがない、だからこそダラダラと続けてしまう。そういう時に、浪費をしよう、というのがこの本の主張。いい靴を買ってそれを手入れして使う楽しみを覚えれば、消費社会に組み込まれたように無為に買い換える生活はしなくなります。あるいは多飲症(=水中毒)。これも、看護師に申告して一緒に味わって給水することを続けることが回復の道だと言われています。依存症状態からの回復は、浪費をできるようになることが大事。これは大きなヒントだという気がしています。

以下に挙げる本を参考にしてみてください。
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』
國分功一郎・熊谷晋一郎『責任の生成:中動態と当事者研究』

傾向③五月蝿いと眩しいのがだめになる

情報量が多いものというか、雑多なものが無理になる。すごく疲れる。普段はカオスな雰囲気好きなのに。四方から話し声がする人混みや、電子音とか食器の雑音が騒がしい回転寿司屋とかでは息がしづらくなります。家にいても照明が眩しくて仕方ないので薄暗くします。敏感になっている時の私の選択肢はただ一つ、回避です。

避難場所と逃避対象を

自分しかいないところや、周りの目を気にしないで済むところでゆっくり過ごす。静かで、暗くて、暖かくて、時間を気にしなくていい、安全地帯。避難所になりえる場所を一つ確保しておくといいかもしれません。今の私にとっては寮の屋上や理学部ピロティの奥、あとは文学部図書館、医学部構内ベンチかも。あとは、何かに没頭するのもありです。映画や本、音楽の世界にのめり込んでしまえば、他の感覚は遮断しやすいし周囲に気を回すことは減らせる気がしています。沈んでいる時はどうしても動くのが億劫になってしまうけれど、ちょっと場所を移動するだけでラクになることは経験上多い。

傾向④漠然とした不安、焦燥感

なんか周りから取り残されてる感じがする。すれ違う人の誰も、自分の姿が見えないんじゃないかという変な疎外感。それでいて自分以外のみんなが爆速で充実した人生を順調に歩んでいるような気がして焦る。怖い。呼吸が浅くなって、目頭が熱くなって、気づいたら頬が濡れてる。

されど他人です

人に会う。人に話す。エネルギーは要するけれど、それが私が知る中で最善の策です。自分以外の人間が世界には存在しているんだなーって実感と、安心感。これは他人との関わりの中でしか得られないものだと今のところ思っています。寮の談話室に行けば誰かが相手してくれる、いきなりの電話に出てくれる信頼のおける友達がいる。そうやって自分と関わってくれる人を大事にしたいです。人と話して傷つくことは数多あるけれど、救われる瞬間があるのはやっぱり否定できません。また、自分の生きづらさを言葉にすることで、自分自身がしんどくなるメカニズムを分析することもできます。そのメカニズムを人に理解してもらうことができれば、サポートなどしてもらいやすくなるかもしれませんし、それは五月病の予防と言えます。


以上、自分として気分が落ち込んだ時にしんどい症状4選と、現状での解決法を並べてみました。

いや。実際はこんなこと、できません。しんどい時にはこれらの対策ができないからしんどい。それに、対策はそれぞれ矛盾を孕んでいます。どれかをすれば何か他の問題が起こってくる。そういう出口のない状態だからこそ困っているのです。書いたはいいものの、そんな簡単に解決できれば苦労しない。ぅにゃーん。

実践できるかは別として、自分のストレス対策を言葉にしておくことには少なからぬ意味があると信じています。本格的に病まないための予防にもなりますし、今も気分の整理になっています。皆さんも余裕があれば内省の言語化を試してみてほしいです。

ただし、本当にしんどい時には然るべきところに連絡を取ること。五月病だから、と辛さを矮小化してしまうのは良くないと思う。診断名がつく場合もあるかもしれません。いちおう以下にまとめておきます。

然るべきところへ

・こころの健康相談統一ダイヤル
(電話をかけた所在地の都道府県・政令指定都市が実施している「こころの健康電話相談」等の公的な相談機関に接続します)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/soudan_tel.html

・京都府精神保健福祉総合センター「心の健康のためのサービスガイド」
http://www.pref.kyoto.jp/health/index.html

・京都大学・学生総合支援センター・カウンセリングルーム
https://www.gssc.kyoto-u.ac.jp/counsel/

みんなそれぞれ大変だけど、なんとか生き延びましょう。しんどい時は、いつでも連絡してきてください。

にゃおーん。夜中に書き殴ったので雑な文章だけど、それは許してにゃん。画像の全てはフリー画像素材サイトpixabayより