20250930日記 #23 再構築の喜びと虚無感

20250930日記 #23 再構築の喜びと虚無感

・「再構築」のやる気がない

再構築をしたいなどと喚き散らかしているが、今のところ私には再構築をするやる気がない。

その理由をいくつかに分類してみると

 

①再構築に必要な苦行をする動機がない(それをするくらいなら一生ノーコストで「分析」をしていたい)

②再構築をしたものを維持する動機がない

③再構築しても特に嬉しくない

 

 

順に見ていこう。

①再構築に必要な苦行をする動機がない

正直「分析」で満足できてしまうから、わざわざ苦行をするにはそれなりに大きなリターンが提示されている必要がある。

ここでいう苦行とは2パターンあって、一つは何か一つを極めるための苦行。わかりやすくいうと友情努力勝利の努力の部分。もう一つはパーツを組み合わせて何かを作るときに、コストとして実世界に対して注がないといけない苦行。たとえばリスクテイクとか、事務作業とか。

 

昨日も述べたが、わざわざ何かに打ち込むとかいうのをしたくない。努力をし続ける心の準備はできているんだけど、打ち込んだことによって未来永劫なんらかの現生利益を享受し続けられるという確証がない限り、踏ん切りがつかない。

 

私にとっての現生利益とは「分析」ができる環境と「再構築」をし続けられる環境である。前者は放っておいても叶うため、努力するための現生利益としては不適である。後者では、ほんの一瞬しか輝きしか得られない。その瞬間は確かに楽しいのだが、一瞬の輝きのためだけに苦行に身を投じるほど、自分は真面目ではない。

 

結局苦行に身を投じることによって得られる現生利益が存在しないため、苦行ができない。

社会的成功が現生利益になるような脳みそをしていればもうちょっと話が早かっただろうね。お気の毒ですが私の現生利益は、「分析」と「再構築」でした。

②再構築をしたものを維持する動機がない

今のところ「再構築」をしていて楽しいのは、パーツ同士を組み合わせると世界にどんな変化が起きるのかという悪戯心に満ちた瞬間だけだ。真に満足できるのは不確実性の大きい最初の一瞬だけであって、ある程度全体像が見えるようになったら飽きてしまう。

 

この特質は本当しょうがないと思う。飽きてきたら1→10ができる人間に丸投げしてのほほんと暮らすしかないのだろう。それは別にやる気が出ない。それを人に投げたとして後に何が残る?富?名声?力?全部いらねー。「何かを作った人」という肩書き?その肩書きを持って別の「何かを作った人」をナンパしたいかもしれない。でもそこまで強い欲求にはならない。

 

③再構築しても嬉しくない

結局何をやっても虚しいんですよね。決して褒められたいという欲求で動いているわけではないんだけど、誰も意図を汲み取ってくれないと本当に空虚な気持ちになる。

 

「再構築」をするときは内的欲求だけで動いているのだが、同時にそれを完成させた後に虚無感しか残らないことを私はよく知っている。内的欲求に突き動かされて「再構築」をしているとき、これをし続けたとしても何にも辿り着かないだろうという虚無感が常にある。どういう道筋と論理で再構築したかという理論がある程度自分の中にあるわけで、それをわかって欲しいというわけではないが、それを組み立てる最中の興奮を共有したいという欲求はそれなりに強いのだろうね。

 

この虚無感を誤魔化すために導入している考え方が、「知っている人の人生が少しでも明るくなったらそれで満足かなあ」という”祈り”である。これは虚無感をギリギリ打ち消してくれる場合もある。

 

実際のところ、まあ空虚なんすわ。どうされれば満足できるのかは全くわからないけど。褒められればいいってもんでもないし。

 

小括:「再構築」の喜びと空虚さ

自分にとって「再構築」とは、この世の全ての振る舞いの中で最も楽しいものであると同時に、その先に空虚しか待ち構えていない絶望への片道切符である。再構築したとしても維持管理に単純に興味がないため、誰かにぶん投げることになるのだろうけど、誰かに任せて得られるものもまた空虚に思える。

 

そして私は「再構築」の先にある空虚さをありありとイメージすることができる。「再構築」に身を投じることは、絶望行きの特急列車に乗ることと変わりがない。自分の情熱としては「再構築」がしたくてしたくてたまらない。だが、それに突っ走ったところで最終的に待ち構えているのはモノクロの世界だ。いくら「再構築」から得られる喜びが大きいとしても、色彩の失われた世界を目標に据えて物事に打ち込めるほど自分は楽観主義者ではない。

 

つまり私は、「再構築」に対して情熱を注ぐことができない。情熱を注いだ先には間違いなく空虚さが待ち構えており、私は虚無に向かうために身支度をするつもりがない。私はGルートをプレイできていない以上、私の好奇心は空虚さに勝てない(伏線回収)。

 

 

論理をこねまくった結果、以上のような結論に落ち着いた。論理もちを座りしままに食うぞ。

 

 

批判:成功してから言え

ぐうの音も出ない。しかし、私が思い描いている景色と、実際に成功した後に見える景色って相違ないと思うんですけどね……先読みしすぎた結果、成功した後に訪れる虚無感までありありと描けてしまっている。自分の読みが外れていればいいんだけど、多分あってるので困っちゃう。

 

 

・打つ手なし

ということで八方塞がりです。ここまでをまとめると、今ある選択肢は「分析」をしてなんとなく生き永らえるか、虚無に突っ込んでいくことを分かりながら「再構築」に身を投じるか。NルートかGルートかの選択ですよね。

 

 

この条件だと私は後者を選べない。であればぼんやりと前者を選択し、なんとなく「分析」を続けてそれなりの満足を得る人生を選択するしかない。その状態を「生きている」と言えるかは相当怪しいが、甘んじて受け入れざるを得ない。人生というのは撤退戦の連続であり、どこで妥協するのかをしっかり見極めないと後で痛い目にあう。

 

 

 

・Gルートの回避

いやです!いやなのです!!ケツイはあるから!!!俺が俺の力で切り拓いてやる!それくらいの実力はついてるはずやねん。うるせー俺が、全部やる。黙れ黙れ黙れ黙れ。「再構築」の楽しみを味わう人生がしたい。どうしてもしたい。

往生際が悪いなあ。馬鹿なのに。

 

 

ということで、「再構築」の先の空虚を取り除くというオペをしてみようと思います。無茶苦茶な状態を切り拓く瞬間こそがやはり興奮しますわね(垂涎)

これができない限り満足できる人生は送れない。やるぞやるぞやるぞ。

 

(明日に続く)

 

 

 

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