第2回鴨川座談会 活動報告(前編)

第2回鴨川座談会 活動報告(前編)

目次

  1. 鴨川座談会とは
  2. 教育学部 やまPさん
  3. 教育学部 アストナージさん
  4. 文学部 ただのアホさん
  5. Mさん
  6. 教育学部 Bさん

 

1. “鴨川座談会”とは

鴨川座談会とは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって様々な活動に制限が制約された京都大学の学生が、様々なテーマにについてそれぞれのことを語り、対話を通じて交流するイベントである。今回は、マスク着用や消毒などの感染対策を行なった上で、鴨川デルタにおいて“コロナ禍の中での受験生生活・学生生活”と、“これから自分がやりたいと思っていること”の2つをテーマとした語りを行った。今回はコロナ禍やオリンピックムードのなかで立ち消えてしまう私たちの「生きた記録」である座談会の語りを記録・発信するため、座談会の前半部分の方々の語りの内容を記事として公開する

 

2.  教育学部 やまPさん

 

本当にダメな気がするんだよな喋ったら笑

 

(アストナージさん) 全オフレコでもいいですよ
(笑い)

 

これはこれでハードルが上がるけどなんだろうみんな例えば、まあ、こういう会を企画したり、えっと名前は分からないんですけど学部で企画やったりとか、ただのアホさんももういろいろやってるわけじゃないですかこう

 

(ただのアホ) いや言うて…

 

寮でその大学の活動とか…

 

(ただのアホ) だいたい8割くらいなんかしょうもない生活ばっかりやってゴミ…部屋の中でゴミを

 

ぼくは、ただのゴミの部分だけやってますね(笑)

まず自己紹介は、教育学部の、二回生の、やまPなんですけど、そうですね、元々僕は奈良に住んでいて、奈良から一回浪人して、この学校に入ってきたって感じなんですけど、元々僕は大学っていうのには憧れがあって、これはどういう意味なんだろう、僕はあんまり勉強がしたかったわけではない、そこもちょっと引け目を感じちゃう部分なんだけどみんなやりたい、こういう学問、研究がしたいみたいなのがあってすごく引け目を感じちゃうんだけど僕は全くそういうのがないとまでは言わないけど、基本的にあんまり勉強はしたくないと思ってるタイプなんだけど、大学にその、憧れがあったっていうのは、僕はすごく本を読むのが好きで、それこそ京大生だったら知ってると思うんですけど森見登美彦さんの本だったり、これは知ってるか分からないんですけど森博嗣(編注:もり・ひろし)さんっていう

 

(あづま) はいはいはい

 

あ、知ってますか?名古屋大学の助教授さんとか小説も書いてるそういう人のところで大学の本を読んで、大学を舞台にした本を広く読んでたりして、すごくその勉強、研究とかの意味で、大学生っていう身分?とかにすごく憧れがあって、それを突き詰めたところが京大なのかなと思って、僕は入ったところがあったのかどうか今はもうわかんないんですけどそこは。ちょっと堕落しすぎてしまってまあ、そういうことで一年浪人して本当にこの大学一本で入ってきたんですけど、まあ入ってきたときにコロナがあったりして。それこそ全部オンラインになってしまって。教育学部っていうはアストナージくんがさっき言った通り、すごくみんな仲がいい学部なんですよね。僕は元々そこまで人間関係が得意…ものすごく苦手ってことでもないけれどあまりそんなに沢山人と関わりたいって思う方ではなくて、それこそ自然に対面で会ってるうちに、誰かと仲良くなれたらいいかなって思うタイプだから、たとえばオンラインでみんなが仲良くしたい!とか見ちゃうと、一歩引いちゃうっていうか、そこには入れないなって自分はなってしまうタイプで、普段だったらそういうことろから外れた人たちでまあ、やってくのかなっていう感じで大学でも思ってたんだけど、オンラインになるとそういう関係はなくなっちゃうのかな。なんだろう、自然にこう、気づいたら一緒にいたみたいな関係は、ちょっとオンラインでは生まれづらいのかなって思うところはあって、

 

(アストナージさん) うーん。

 

それもあるし、僕が一体大学に何を期待していたのかももう分からないんだけど今では、入った時はその、もちろんさっき言ってたんだけど、最初にアストナージくんが言ったように僕本は好きだから、本を読んでたとえば議論をするとかっていうのは、勉強は嫌だけどそういうのは好きなのよね。たとえばこの本を読んで、ここについて語り合うとか。それは別に哲学書でも、実用書でも、小説でも何でもいいんだけれど。もちろんそれが漫画でもアニメでも何でもよくて、そういうことはすごく好きなんだけれど、で、まあそういうことがしたいと思って大学に入ったのもあったけど、まあそういうことができる人を、大学ではその時あまり見つけることができなくて…

ちょっと割と早い段階かな、大学に諦めというか、大学はもういいかなっていう感情が出てしまって、すごく楽しみにしてたと言うか、憧れがあったとかっていうものだから、今の生活が嫌っていう訳ではない、ちょっと難しいんですけど、自分の生活はその別であってたとえば漫画を読むのも好きだし本を読むのも好きだし、高校の友達と遊んだりもするし、僕は違う大学に彼女がいてその人と遊んだりするっていうこともあったりするんですけど、京都大学っていう場所に、もう自分はもう、なんだろうな、本当に楽しみにしていたっていうのはあるんですけど、自分はもういいかなって思ってしまったというか、いいかな、なのか、無理だからそう考えるようになったのかっていうところは分からないんですけど、そういうのを早い段階で持ってしまって、そう思ってしまうと、今度はもう意図的に大学から離れていく方向にいってしまったような気がするんですよね。

(中略)

本当に大学のことが嫌なのかも分からないけど、一回そうなっちゃうとなかなか戻ろうっていう気にもならないか、自分でしゃべってても分からないけど、普通に大学があって、もし大学に行ってた時自分がどうなってたのかな、どうなってたのかなってちょっと想像する時は、もしかしたら何か…

まあでもこんなこと言ってるし何も見つけてないんだろうけどね

 

(アストナージさん) いやいやいや、そんなことないと思いますよ、前には進んでると思いますけどねこうやって語ることも含めて

 

まあねえ…

あと何を話そうか、大学でこういろいろしてる人もいるけど、どうなんだろうね、大学生でどれくらいいるんだろうね、いるのかな?

あんまり表には出てこないと思うんだけど

 

(さくら川) 出したがらない?

 

僕は、どっちでもいいから言うんだけど、そういう人もいるから一回生にはまねしてほしくないんだけど、そうなっても別に死にはしないと、別に生きてるんで。不都合が起きるっていう訳でもないからね。今はそこそこに授業を受けて、やってるし、まあ二回生になってからサークルとか見だしたって言うのもあるけれど、まあ、こうなっちゃいけないような気もするし、こうなっちゃうなら仕方ないような気もするし。難しいところなんだけど。

(?) 学問に限らず自分が何をやりたいか、こういう生き方もありだなとか、旅行とかしなくても京都市内を散歩してみるとか、こういう風なことしてる人がいるんだなとか、ある程度自分の中でイメージを膨らませていくのがいいと思う。そこまで自分のやるべきことに固執する必要はないっていうかなんて言うか、ちゃんと大学に行って、ちゃんと単位取って、でなんか4年でストレートで卒業するっていうのがひとつ目標としてはあるけど、そういうことに囚われず、自分の視野を広く持つっていうことが突破口になるような気がして。あんまりそういうスランプに陥ったことがない人間だからあんまりなんか参考にならないかもしれないけど。

あー。そうですね、僕はその、教育に入ったっていうのは元々先生になりたいと思っていたっていうのはあるんですけど、でも、それもこうじっくり考えてなんでそうなったかって突き詰めていくと分からなくなってしまって、もう今となってはそんなにもう教育にこだわりがあるかっていうと…そこもだんだん分からなくなってくるんで、ちょっと怖い…

 

(アストナージさん) うーん。

 

だから、これはオンラインが悪かったとは言わないけれど、自分が悪いところがあるあると思うんで、でもなかなか自分を見失いやすい環境であるのかなというのは。

 

(?) まあ自由だからね。

(?) どこまでオンラインのせいにしていいのかっていうのは…

 

僕はあんまりしないつもりだけど、まあ気をつけた方がいいのは、特に一回生の人ですね、自分をあまり見失わないように。

 

(さくら川) 個人的に思うのは、オンラインでたとえばとった単位が少なかったとか、それが自分だけだとおもっちゃうんですよね。仮に他の人も同じように苦しんでいたとしても、自分が怠けているからって内在化してしまったり、逆にオンライン授業のせいだみたいにしてしまったり。原因を探す必要がない可能性もあるじゃないですか、みんな同じとか。

 

(?) 僕が思うのは、自分がいる学部と自分がやりたいことって必ずしも一致しないですよね。というのはすごくあると思います。自分の友達でも、文学部で入ったけど経済とか法とかに興味があるから、自分がなんでここにいるのかよくわからんとか、いう人たくさんいますし。他の学科とかでも、特に工学部とか農学部とか振り分けがあるじゃないですか、本当は情報に行きたかったけどそれに受かんなかったから、しょうがなく物工とかにいるみたいな人の話もちょっと聞いたりするんで。入試で入った時と、それこそ一年たった今で変わるものって当然あると思いますよ。

 

そうだね、本当にそう。

 

(?) どううまくその変化を突き詰めていけるかっていうのもそう。これを先輩に言うっていうのも変なことですけど。

 

いやいやいや、一回生からありがたいお言葉で。僕はそういうことを思ったりしたことがあるのでやっぱり、浪人してたんで一年、その時に、自分が入ったところと自分のやりたいことが違ったらこの4年は無駄になるのかな、とかそういうことを思ったりしたこともあるので、そういう変化にどうやって対処していけばいいかなというのは、学生に共通の課題なんじゃないかなって思いますね。

 

(?) めちゃめちゃわかりますそれ。実際僕ら教育学部の理系って、字面だけ見たらよく分からないですからね。高3まで理系だったのに、理系で俺進んでなんも幸せな将来見えないなって、たぶん入試の三か月か前、12月くらいに急に路線変更しましたからね。それあの教師とかにも全然伝えてなかったので、一回個室に呼び出されました。

 

すごいね、勇気あるね 一回考え直せみたいな。

 

(?) それ全部無視したらこうなりました。

 

すごいね、それは意志力。

 

(?) まあ結果論だけどほんとすごいな。

 

みんなちょっといろんな人に聞いてみたい話なんですけど、大学に入った理由って、やっぱり研究をしたいからなんですかね。

 

(ただのアホ) も、ある。元々なんだろう、日本史をやりたいっていうのがあって、京大って京都にある時点で史跡とか史料とか大量にあるんで行きたいっていうのもあったんですけど、まずひとつは、寮があるからで、元々なんか父親が会社の寮で過ごした時間があって、それがなんかすごく話聞いてると面白くて、あ、こういう寮生活したいなーと思って、で、いろいろ調べてあったのが京都大学の寮で、元々僕は吉田寮に入りたかったけど、まあ裁判のことがあってちょっと諦めて、熊野寮に入って夢を叶えたっていうのと、なんかまあ変わったことをやりたいっていう、立て看板を作ったりとかっていうのもできてるていう感じかな。研究プラス京大でしかできないことをやりたいっていうのが京大に入った理由です。

 

3. 教育学部 アストナージさん

みなさんこんばんは。教育学部2回生のアストナです。僕はコロナの被害は少ない方で、コロナ禍で1回生を過ごしました。何がしんどかったかなというと、人と関われない。対面授業もサークルの新歓も当時は無くて、当時僕は北海道にいて京都に行くの止められてたんですよ。感染の状況もあって、下宿は契約してたんですけど、そこに行くことはできなくて、やっと夏くらいに京都に来ることができたんですよね。だから最初の2,3か月は北海道にいてずっとオンライン授業を受けてたんですけど、その中でしんどかったのは、下宿にいる、京都にいる人達がどんどんどんどん人間関係を構築していって、一方的にSNSとかでは繋がってるから見るじゃないですか、それが実はしんどくて、繋がってるはずなのに会うことはできないのが、こんなにしんどいんだというのを痛感しました。だからつなげる会や、学部での自主ゼミやzoom企画なんかを立てて、実家勢下宿勢関係なく繋がれる機会を作りたいなと思って1年活動してきたというのはあります。つなげる会というのも、試行錯誤しながらやってきた団体なんです実は。僕京大に入学してけっこうショックだったんですよ。というのも、けっこう教養主義的なイメージを持っていて本を読んで対話するみたいな昔の大学のイメージを持っていて、でも実際の大学生活なんてそんなことなくて。まず会うことも話すこともできなくて、大学に対話の場なんて全然ないというのがすごくショックでした。だったら自分で対話の場を作っちゃおう、と思ってこういう活動とかを初めて、自分で対話の場を作っていってそれが自分にも回ってくればいいなと思って。なんですけど、同時に欲が出てきて。つなげる会っていう会をやってるから、自分の面白いと思う企画もやってみたいとおもうようにもなっていて。例えばyoutubeで寮やTwitterの有名人を招いて、議論してもらったりする配信だとか、1回生ナショナリズムを作ろうとして、1回生同士いがみ合うんじゃなくて歩み寄れるところを探して、メディアを作ったりとか、いろんなたくらみをしてきて。まあ色々つなげる会でやってく中で、対話が増えればいいなと。まあ僕はこればっかりじゃなくて、好きな子ができたとか、友達ができたとか、大失敗したりとか。でも一番楽しくて思い出すのは、こうしてデルタに来て川の音を聞いたりとか、寝っ転がったりとかした時間。こういう時間を作りたいなと思って、やってるところはありますね。考えていること・興味を持っていることってのは二つ..三つあって。対話を根幹とした自学自習ってのがあって。結局自分で興味を持って、自分で調べて、自分で纏めないと、京大では何も得られないんじゃないかという焦りがあって。なんで自分の中でいくつか研究テーマがあって、まず一つ目なんですけど。みなさんライトノベルって読みます?単純なとこでは生命(いのち)とか、ライトノベルでは独特なルビ振りがされてて、能力(ちから)とか聖剣(エクスカリバー)とか、強敵(とも)とか、これって日本の文章独特のものじゃないですか、でもこうしたラノベが海外に翻訳されてく中で、こうした表記がどのように変化してるのかなってのが気になっていて。ルビ振りが日本人読者に読むうえで与えてるものって大きくて、それが海外ではどういう風になっているのかなというのが気になってます。そしてもう一つが「オタク教養主義」っていう笑。教養主義ってのがあって、これは本を読んでる奴ほど偉いんですよ。教養書ってのがあって。本を読んでいけば人格的にも優れていく、みたいな旧制高校とか昔の京大とかではびこってた考え方があって。」

 

(やまP) 質問。それってさ、ほんとにそうなのかな。そう言われることはあるんだけど、当時に学生はどう感じてたのかな。と。

 

そうですね。その疑問は正しくて、僕が読んだのは竹内洋の『教養主義の没落』って本なんですけど、その中で当時実際に教養書をちゃんと読んでる人間って少数派なんですよね。その中で学生の意識調査みたいなデータが示されてて、そこでは多くの学生が「教養書を読む時間が欲しい」という答えをしていて、実際に本を読まなきゃな…というプレッシャーがあった。

 

(やまP) それオタクやん笑

 

そうなんですよ。オタクって「あの作品を見てないの?」「あの名作を、古典を」「○○監督の…」みたいに、名作認定されてる作品ってすごく多いじゃないですか。

 

(やまP) それこそ漫トロの新歓でも、向こうは別にプレッシャーをかけようともしてないし自然な会話の中で出てくるんだけど、全く自分の知らない作品が名作として扱われてたり、みんな知ってるはずの作品を自分が分からなかったりするときに、プレッシャーじゃないけどなんかこう..

 

知っとかないとダメなのかな、みたいな。名作・古典の漫画・アニメをもっと見なきゃっていうプレッシャーが、実は「教養書を読まなきゃ」っていう昔の教養主義につながるところがあるんじゃないかと。で、これのタチの悪いところは相手に悪意がないんですよ。オタクっていうのは、自分と同じ作品を見た人と盛り上がりたい生き物なので、これを知ってくれると自分ともっと盛り上がれると思って相手に紹介してるんですけど、こっちからすると知らない作品を言われてプレッシャーを感じると。すごくいびつな構造だけど、これを示せればオタク世界がもっと見えやすくなるのかなと。自由回答は….まあ例として、京大の話かな。面白話が合って。友達がサークルに入ってて聞いた話では、4回と2回の人が話してて、先輩が言うには「俺の頃の飲み会はこういう飲み会があって…」みたいな話が合って、コロナ禍の2年の断絶の中で飲み会の伝統や文化、そして飲み会自体も継承されずになくなっていくのかなみたいな。実際もう合宿は無くなってるしね。タテカンは3年空白ができて、今の4回生しかタテカンが当たり前の日常を知らなくて、1~3回生にとってタテカンはもう非日常。こうなってくるとタテカンを支持する人も作る人も少なくなってく

 

(ただのアホ) ノウハウも失われてて、タテカンつくる専門のサークルもあるけど、タテカンを自前で作ってる体育会とか、内部の継承があるところもある。応援団のこうほう祭のタテカンとかは、安全性が心配なものもあって技術の蓄積が行われてないのかなと。飲み会とかといっしょに、みんなで旅行に行く伝統がありますとか。悪しき風習も無くなるかもしれないけど、サークルの伝統や文化がコロナの中で消えていってるなっていうのはあります。僕も屋内サークル入ってるんですけど、サークルBOXも使えないから活動も全然できないし。コロナの中でサークルが死んでいくのを、悲しいなあと思って見ています。

(Bさん) 正直1回生としてはあまり実感ないです。

 

(やまP) 2回生もだよ笑

(あづま) サークル活動なんて、ないね

(Bさん) 伝統というのも、まだ伝統にすら触れてないです。

(やまP) 2回生も触れてない笑

(あづま) 熊野寮祭くらいしかイベントが無かった..

(やまP) 参加してる層は知ってるんだろうけど、一般層はほんとに知らない。

 

4. 文学部 ただのアホさん

文学部3回生のただのアホといいます。

3回生ということで2回生・1回生とは圧倒的な隔たりがありました。2回生はそもそも1回生時代にコロナで引きこもっていたというのがほとんどだったのに対して、3回生は1回生の頃にある程度キャンパスに通えていた。そもそも対面授業という言い方すらしなかったし。授業は歩いていくものだったから、朝眠かったら1限は出なくていいやみたいな(笑)そういうこともできなくなっちゃってるし。ある程度感じるのは3回生以上と、下の世代との隔絶を感じているなあと。これはコロナがあるから仕方ないところもあって、別にハブってるとかそういう訳じゃなくて、自然とコロナのせいで差が生まれてきちゃってるっていうのがある。3回生と2回生以下でもう一つ違い点というのがあって、CAP制が3回生以上は般教だけが34単位までおっけーで専門科目は取り放題って感じだった。だけど、今では専門にもついちゃったし、併せてぱんきょーもどんどん減っちゃってるし。正直それは今の2回生が入ってくる2ヶ月くらい前には、CAP制を改正しますみたいなことがtwitterで話題になってた。CAP制の上にコロナがあるから、自分たちが悪いわけじゃないけど下の世代に申し訳なさがあります。

僕自身のコロナの影響というのは、3月くらいまでバリバリサークルで活動してて普通に積極的に活動とかしてたんですけど、コロナになって会議がオンラインになったことでつまんなくなっちゃったんですよね。終わった後に食事行こうとか、一緒に作業しようとか、(対面だと)なるんですけどオンラインになるとそういうこと一切なくて(つまんなくなった)。サークルBOXにも入れなくなって、そこでの交流も無くなっちゃって離れて行っちゃったっていうのがあるかな。

僕は熊野寮に住んでて一つのコミュニティにもう所属しちゃってるんですよね。寮の中で人間関係を築けるチャンスは多くてそれで助かってるっていうのがあります。半年くらいはぼーっとオンライン授業受けながら過ごすみたいにしてたんです。けど、寮の中で新入生のためのイベントを起こそうという話が出てきてそういうこと様々なイベントをやってました。

今後やりたいことは、寮のことは後輩に任せて学部のことをゆっくりやろうかなと」

 

(アストナージさん) 文学部って結構広いですけど、分野としては何をやるんですか?」

 

ぼくは歴史学だけど、文学部自体は文学も当然やるし、社会学、心理学、歴史学、地理学、言語学、美学、芸術学、メディア学とか、けっこう幅広い。これだけってことはなくて、それが文学部の良いところでもある。専門が違えば卒業に必要な単位とかぜんぜん分からないってこともある。

僕がやりたいのは日本史学で近世、江戸時代あたりを対象にしたい。だからくずし字とかもやってる。こういう辞書とか用例とかを片手に、文書や筆致とも格闘しながらひたすら読むって感じで毎週授業で読んでいる。史料を読む特訓っていうのが、歴史学では必要。もう一つ歴史学で必要なのはその分野の研究を把握しおくこと。こっちは僕はあまりやってない。で、僕がやろうと思ってるのは、日本の女性の歴史とか性的マイノリティの歴史についてやりたいなと。女性史の勉強は2回生の時にちょっとやったけど、挫折しちゃってまたやろうかなとは思っている。

最後に京大ではタテカンとか伝統っていうか、学生が作ってきた文化っていうのが話し合いもなく一方的に大学の執行部によって潰されてるっていう背景がある。こういう文化に反対するっていうのは全然かまわないし、むしろそういうのがあった方が活気づくかなというのもあるし。ただ、そこで考えてほしいのが、話し合いも無く潰されていることに対する危機意識だけは持ってほしい。いざとなったら意思とか意見とかを表明できるようにしてほしい。いま石投げるように京大生に聞いてみても、「タテカン、なんかありましたね(笑)」みたいなタテカンについて何も考えてないのが何人もいて、それは京大に来たのになんか寂しいなという感じがする。「タテカン?そんなの無くなればいいんじゃないですね?」ぐらいの勢いだったら、こっちもニコニコ笑いますけど。そういう風な危機意識をもって京大での学生生活を楽しんでくれればなと。僕は単位取れとか言うつもりもないし、とか休学とか留年とかじゃんじゃんしちゃえばいいやって人間なんで。学生生活気長に楽しんでくれればなと思います。

 

5. Mくん(仮名)

去年1年間、特に後期なんかは一部対面が再開されたのもあって、周りの人の話を聞いてると、あの頃は何かしら理由を付けて大学に行ってたっていう風な話を聞くんですね。まあ例えば、対面でもオンラインでもいいけど、他の人と会って話をするために大学に行って授業を受けとけとか、そういう風な話を聞いてたんで、なんでしょう、今僕自身が、すいませんやってみたいこと、1.5くらいになるんですけど、ひとつやってみたいこととしては、オンラインでのオフの場を、どれだけ対面でのオフの場に近づけることができるかというのが僕の中の課題のひとつであります。まあオンラインでしかできないことをやるのか、やるのもひとつですし、オンラインでも対面でもできることをあえてオンラインでやるっていうのもひとつの手なんですけども、コロナ化で自粛しろって言われている中、遊ぶためには自粛をやめないといけない、意識的に自粛を中断しないといけないという状況のコミュニティにいる人もある程度いると思うんですけど、なんとかして自粛と活動を両立できないか、自粛とオフの場というのを両立できないかというところでいろいろ今模索してる最中です。2つめの今後やりたいことですね。今までの引き続きになると思うんですけどね、ただでも今までと同じことをしていてもなんというか個人の意見になるんですけど、ちょっとつまらない感じがしてきたので、せっかくやるなら何か違うことをしてみようと。なので今後やるとしたらできたらいいんですけどという段階なんでまだ全然企画として纏まってないんですが、まあ大学間の交流、まあそうですね例えば、阪大とかの同じ学部、学科とかそういうところとまあ誰か繋がりができたらそういうところとの共同イベントというものできていけたらいいかなとは思いますし、そういうビックスケールのイベントじゃなくてもうちょっとローカルなイベント、例えばイベントって大概、オンラインイベントって今のところ長時間で、かつ、長スパンっていうものが多いと思うんですけど、短時間短スパン。例えばそうですね、一週間に一回でも一週間に二回でもいいんで昼休みにzoomの部屋を設けて昼ごはん食べた後に雑談するとか、そういうイベントを企画してもいいのかなという風に思ってます。で、今後やってみたいこと、イベント関連のこと以外で言えば、僕自身が全くコロナと関係なく以前から依存症というものに興味を持ってるので、まあ依存に関する本とかはよく読んでますね。その依存の本とかを見てみると、依存症というとおそらくギャンブルとか、お酒タバコという風なところをイメージされる方が多いと思うんですけれど、まあ知ってる方もいらっしゃると思うんですけれど、一部には糖分にも依存症があるという話があって、まああのそういうちょっと意外なところ、そこまで世間ではあまり強く言われていないところにも依存性があるものが存在するのだなというのは感じていて、今後学んでいきたいこととしては依存している状態と癖になっている状態の差がどこなのかというのはちょっと気になって居たりはしますね。なんでしょう、ルーティーンって言うんですかね、毎日やっていることをやらないとなんかちょっと変な感じがするっていうのと、明らかにまあ毎日毎日酒にはまってるというのはなんか違うとは思うんですけど、定期的にやってることとしてはまあどちらも一緒でやらないとなんかちょっと違和感を覚えるというとことでも共通しているので、このふたつの違いは一体どこなのかというところも今後は探っていきたいかなという風に思いますね。自由になにか話せたらという風に思うんですけど、あんまり外に出ないんで、まだあんまりあちこちめぐったりとかできてないんで、もし京都でこんなとこあるよというおすすめのスポットがあれば教えてほしいですね。じゃあすみませんこれぐらいで以上にさせてもらいますありがとうございました。

 

6. 教育学部 Bさん

まずはコロナの話から。

1回生はやっぱりダイレクトに影響受けた世代ではあります。僕の学校では4-6月では全自宅待機で、それ以降は不通に授業やってたみたいな感じですね。ただ後輩がちょっとかわいそうで、行事が無くなっちゃって。一番かわいそうなのが修学旅行が無くなったことで、オーストラリアに行くはずだったのに、近くの公園でお弁当食べるっていう。あとは珍しい事例で行くと、クラスとか学年とかで、僕の親が実は僕が共通テストのときコロナだったんですよ。だから僕は別室受験で。そのときはめちゃめちゃ離れた一棟のでかい会議室で受けるっていう。これはホントお母さんのおかげで。母はずっと部屋に閉じこもって、食事は菓子パンで、それが2週間くらい続きました。今までの人生については、一言でいうと無ですね。無。出身が宮崎なんですよね。教育学部の名簿とか見てもまず九州の人がおらず、ほとんどが関西。僕名簿で一番下なんですけど、京都、大阪~ときて一番下が宮崎という笑。学校も全国で全く知名度のないとこで。これは九州の人ならわかると思うんですけど、九州ってめちゃめちゃ自称進学校が多くて。うちの学校は、結構な自称進学校で。入学式のときに、教頭が「ここは進学校です」とか自称しちゃうようなところで、宮崎の都城ってとこなんですけど。田舎って自然豊かってイメージあるじゃないですか。都城は一応宮崎2番目の都市なんで、街はあるんですよ、電車は1時間に1本しか来なくて、自然はない。でも人はいない。でも学校はある。学校の中はめちゃ閉鎖的。で、自称進学校の朝から補習、夕方から補習、土曜日補習、夏休み冬休みほとんど補習みたいな生活を送る、それでどうなるかというと学生みんなうつになるっていう笑。

(アストナージ) うわーー、収容所みたいな(笑)

まあ、そこで卒業したやつが結局北予備にいくっていうんだから

(あづま) 刑務所から刑務所へ(笑)

まあほんとに地獄っていうか。僕自身もなんか行動すればよかったな、みたいな。後輩からも「ぼく生きる意味が見出せません」みたいな相談受けてて、そういうところから「学校はおかしい」っていう考えに至るわけですね。そしてじゃあどうしてるんだってなると、まず教師が忙しすぎるんですね。うちの教師は熱血なんですけど、休日学校に行っても朝から晩まで学校にいる。でプラス、僕がなんかそういう受験期とかに相談したいな~とおもっても、対応してくれる先生がおらんかったり。普段の授業では先生たち熱血で、生徒たち目が死んでるっていう状態なんですけど、そういう状態で誰かに相談したいと思っても先生は忙しいしで、うつになっていくっていう悪循環が生まれてる状態。これって九州特有なんじゃないかな?というのがあって。こっちに来てみて、全然みんな明るい感じだなあっていうのがあって。九州というか宮崎の、よくないところ。一つ目が、先生たちの勧める大学が「上を目指せ」って感じじゃない。

(?) 九大勧めたりとかってこと?

なんというか、浪人があんまりみたいなイメージがあって。京大に来て驚いたのは、みんな「浪人?ああ、やったやった」みたいな感じ。僕自身は(行きたい大学に行く)っていう感じの方がいいと思っていて、「お前は成績あれなんだからいけるとこいけ」みたいな感じになってて、学校でぼく京大志望だったんですけど、そもそも京大志望が学校に2人しかいないみたいな。東大出身も過去5年くらいいないんですよ。やっぱり環境もそうなんですけど、生徒たちの目が死に始めるのは、学校の授業がめちゃめちゃ多いと、で、やってることが進研模試の過去問みたいな笑。

「うーーーん」

僕たちの代はあまりなかったですけど、先輩たちの代はスタディーサポートでほとんど夏を費やしたみたいな。っていうのもあるし、積極性がどんどんなくなってくるんですよね。僕は学校で一番ずれた生徒だと思うんですけど、毎回進研ゼミからの先生みたいな人がきて講演とか、大学の先生とか呼んでひたすら経歴の話をされるみたいな、のがたくさんあるんですけど、そういう企画があってもみんな参加しないというか、例えば手を上げようとなっても上げるのは僕一人みたいな笑。積極性が無くなっていく。それに加えて、狭い世界で博物館とか自然を見ることもないので視野が狭まってくるってのは、僕の後輩もそうだったんですけど、ありますね。あとは暗い環境で互いに影響されあっちゃうっていうのがあって、高校時代・中学時代は僕にとってちょっときつかったなあという感じですね。逆に大学は居心地よすぎちゃうみたいな笑。なんでそういう風な経験をしてやっぱり思ったのは、今の学校ってどうなんだろうなっていう。教育に興味を持ったってのもその視点からですし。まず、生徒のことみなさん言いますけど、教師のことは言わないんですね。でも教師の方が怒ったりしちゃうのって、実は忙しすぎるからじゃないのかなって。教師はいつ休んでるんだ?みたいな。これは持論なんですけど、人にやさしくできるのって余裕があるときだけだと思っていて、先生たちに余裕がないから生徒たち・クラスの雰囲気も悪くなっていくみたいな。だからまずは、先生たちの待遇を考えられればなっていうところがあったりする。あと一つは、受験ってお金かかりすぎなんじゃないかな?と思っていて。僕多分同級生の中では、比べれば貧乏というか、普通なんですけど。塾とか予備校とかはほぼ行ったことない。中高合わせて6年は塾も行ったことないし、中学受験の時にちょっとだけ行ったみたいなかんじで、ほぼ参考書とネットでやったみたいな節約受験生で。でも周りの受験生見てるとめちゃめちゃお金かけてるなみたいな。こっちの宮崎のド田舎の方なんで、まあ近くにあるのは東進衛星予備校。で、東進衛星予備校に行くとどうなるのかというと、僕1回だけ体験に行ってお金の欄見てやめたんですけど、入会するのにも、授業取って、あと夏休みとか冬休みとかにも講座を取って..みたいな、それを高1の時からやってるっていう人が周りに結構いて、それで総額いくらになってるんだろうみたいな。自分は入学金払うだけでも「負担かけちゃってるなあ」っていう意識だったのに、そういうお金が積み重なってるのってなんかしかもその、値段って年々上がってる、学費ってのもそうですし、塾とか言ってない身からすると、そこまでして勉強にお金かけてちょっと大丈夫なのかなって。学習って図書館行って本とか読んで、いろいろ方法があるのに、なんでそんなに、めちゃめちゃお金をかける必要があるんだろうとみたいな、もっとそこを減らしていく、でもいいんじゃないかなと。余裕がある人だったらいいと思うんですけど、僕一応市内の一番デカい高校だったので周りは医者の息子とか、娘とか大企業のあれみたいな人が多くて、めちゃめちゃお金持ちの人がいたんですけど、じゃあ僕みたいな年収低い家庭でやっていく人はどうすればいいんだっていうのがあって、もうちょいなんか機会とかいろいろあればいいなって話です。今思ってるのことのまとめとしては教育全般の制度関係とか、あ、あとTwitterも自炊の画像しか挙げてないんですけど、やっぱ料理楽しいですね。やってみると。入学してからあまり人と話すことなかったので、楽しかったです。ありがとうございました。

 

 

 

後編は準備出来次第公開します。

鴨川座談会は今後も開催する予定です。
興味のある方はぜひ「京大生をつなげる会(@2021tunagerukai)」TwitterアカウントのDMまで。