【短編小説】懺悔 

【短編小説】懺悔 

この記事は、Kumano dorm. Advent Calendar 2021その2の16日目の記事です。
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プロローグ

これは私の小学五年生の時の話である。昔の事なので記憶が曖昧な部分があるが、どうかご容赦願いたい。

一章:親友

俺にはゆう君という、仲の良いクラスメイトがいた。鬼ごっこもしたし、ポケモンもスマブラも、遊戯王もベイブレードもした。虫取りのときもキャンプの時も、セミの抜け殻をみんなで500個集めた時も、スパワールドに行った時も、ケイドロの時もドッヂボールのときも、クラスメイトの健をいじめた6年のガキ大将と喧嘩しに行ってボコボコにされた時も、そこにはいつもゆう君がいた。塾で先取りした中学校の数学や社会の話をできるのは5年3組の中では俺とゆう君だけだった。人一倍優しくて、頭の回転が速くて、友達思いで、友達のためならなんだってできちゃう、ニカっとした笑顔が魅力の俺の自慢の友達だった。本当に話の合う、どれだけ一緒にいても飽きることのない友人だった。

冬休みが明けた初日、書き初めの宿題を先生に出した。
俺は「自分もうれしくなるので人に優しくする」と書いた。みんなの前で先生に褒められて嬉しかった。
チラッとゆう君の書き初めをみると、なんと「人に優しくすると自分も嬉しい」と書かれていた。全く示し合わせたわけでもないのにも関わらず、だ。

「ゆう君、俺とおんなじこと書いてるやん!」

「俺の真似すんなや!もっとオリジナリティ溢れる書き初め書けや!!」ゆう君はこう言いながら俺の方を見ていつものようにニカっと笑った。

「ゆう君がパクったんやろ!」

この時、なぜだかよくわからないのだが、俺とゆう君は本当の親友になれた。そう思った。心が通い合った気がした。

毎日ゆう君と遊んでいられることが俺にとって一番幸せだった。この幸せはずっと続くものだと信じていた。

二章:告白

忘れもしない、雨の降る2月2日の夜である。俺とゆう君の運命の歯車は大きく狂った。塾帰り、チャリで猛スピードで下り坂を爆走していた俺の目の前に、チャリに乗ったゆう君がひょっこり現れ、激突した。俺は鎖骨の骨折と足の打撲だけで済んだのだが、俺のチャリとぶつかり車道にその身を放り出されたゆう君はそのままトラックに轢かれ、意識を失ってしまった。2週間後に意識は戻ったのだが、後遺症のせいでまともに会話することができなくなってしまった。警察の人からは、「君も悪いけど相手方も電話しながら自転車に乗って飛び出してきたんだし、あんまり気を負うことはないよ。」と言われたが、それでも俺は罪の意識を感じていた。

2月末、3週間ぶりに学校に来たゆう君と話した。

「ゆう君、この間はごめんなぁ。俺が悪かったから許してほしい」

「………ア………」

「なあゆう君、いつもみたいに、数学の話しようや」

「…ウ……」

「なあ、じゃあさ、鬼ごっこしよや」

「………………」

「ゆう君!」

「………………」

元のゆう君に戻ってほしかった。いつものゆう君が返ってきてほしかった。ふとした瞬間にいつものテンションの高いゆう君の声とニカっとした笑顔が返ってくるんじゃないかって、そう思って、何べんも、何べんも、何べんも、話しかけた。でも、あの頃のゆう君の姿が戻ることは、なかった。

来る日も来る日も、ゆう君に話しかけ続けたが、だんだん何も喋らないゆう君に対して嫌気が差してきた。

ゆう君は悪くないし、どちらかというと悪いのは俺だということはわかっていた。それでも、返答のないゆう君に毎日話しかけ続けるのは精神的につらく、俺にとって大きな負担であった。あのころの楽しいゆう君と話したいのに、どうしてゆう君は俺と話してくれないんだ?日を追うごとにゆう君に対する不満は溜まる一方であった。

三章:奪還

ドラえもんの秘密道具に、「ウソ800」という飲料がある。飲んだあとに発した発言は全てウソとなって現実世界に干渉を及ぼすという効果を持つ。未来に帰ることになったドラえもんが、のび太のためを思って一つだけ残していった秘密道具であり、ドラえもんが返った後ジャイアンとスネ夫にいじめられたのび太は「スネ夫は犬には噛まれない」「ジャイアンはママに嫌というほど褒められる」というウソをつくことで撃退に成功する。その後部屋に帰ったのび太は寂しさ紛れに「ドラえもんは帰ってこないんだから」「もう二度と会えないんだから」と独り言つ。この発言がウソと判定され無事ドラえもんが帰ってくる、というのがストーリーだ。

テレビでたまたまやってたこの話を見て、俺はゆう君を元に戻そうと、一大決心をした。

俺の通う小学校の近くの公園には、いつも酒ビンを持って顔が真っ赤なしわくちゃのおじさんがいて、みんなから仙人と呼ばれていた。

「なあ仙人、ウソ800の作り方教えてや!友達救いたいんや!」俺は仙人にこう尋ねた。

「なんじゃあ?それは」

「飲むと嘘が本当になる秘密道具やねん!どこにあるか知らん?」

「簡単よぉ!その友達との思い出の品を3つ、宗像神社の御神木の下に埋めりゃあよか。そうすると宗像神社の手を洗うところの水がその『うそえいーおーお』になりおるわ カッ」

「マジか!?ありがとうな、仙人!!」

早速俺は行動を開始した。

まずは、体育の時間中の6年の教室に潜り込み、ガキ大将の筆箱からバトエンを一本拝借した。いつもガキ大将の横にいる、金魚の糞A(と5年の間では呼ばれている)が忘れ物の水筒を取りに教室に戻ってきたときは冷や汗をかいたが、咄嗟に掃除ロッカーに隠れることで難を逃れた。

(いじめられてた健の話聞くやいなや、まるで自分の事かのように一緒になっていろいろ話聞いてたゆう君、やっぱさすがやな。それで全部自分で抱え込んで解決しようとするところは不器用なんやけど、それでも優しさがにじみ出てるわな。俺らが助太刀に行かんかったらどうなってたことか。)

次に、近所の山を走り回り、セミの抜け殻を探した。冬なのでなかなか見つけることができなかったのだが、木の上の方に1つだけ残っていたのを発見し、5mほど木登りをして回収した。

(そういやあん時木から落ちてケガした健に真っ先に介抱に行ったのゆう君やったな。どこまでも優しいな、アイツは…)

そして5年3組の教室の後ろに貼られていたゆう君の「人に優しくすると自分も嬉しい」と俺の「自分もうれしくなるので人に優しくする」をびりりと破り、宗像神社へと向かった。

仙人のアドバイス通り、バトエンとセミの抜け殻と書き初め二枚をご神木の下に埋めたのちに、御手水の水をペットボトルに汲んだ。紛れもない、正真正銘のウソ800だ。明日の学校に持って行って、ゆう君を元に戻すんだ!!!

四章:絶交

昼休み、窓の外を虚ろな目で見ているゆう君のところに行った。

「俺は秘密道具、ウソ800をGETした!これから俺の言うことは全てウソになる!」高らかに宣言し、ウソ800をごくりと飲み干した。そして、こう叫んだ。

「ゆう君は絶対元には戻らない!昔のままのゆう君は絶対戻ってこない!ゆう君とこれからは絶対に一緒にいない!!!!」

きょとんとした顔のゆう君とざわつくクラスメイト。

「ゆう君」

「………ウ……」

「ゆう君!!!!!!!!」

「………..アー….」

「ねえゆう君ってば!!!!!!!!!!!!!!!」

「…………………………………………」

俺だってわかってた。ウソ800はドラえもんの世界だけのものだということくらい。サンタさんが実は父さんだってことも知っているし、赤ちゃんをコウノトリが運んでくるわけでもないことも知っている。俺はもう子供じゃないんだ。5年生なんだ。本当はこんなことをしても無駄なのは最初から分かってた。でももしかしたらあのころのゆう君ともう一度話せるんじゃないかって。

感情がぐちゃぐちゃになった。

一番避けなければいけない、最悪の択。俺は引いてしまった。
かき乱された感情のうち、最後に残ったものは「憎悪」だった。

「なあ?なんで話してくれんの!?俺、お前と楽しくしゃべりたいだけやのに!!!!」

「……ウ….」

「これまでのお前は俺めっちゃ好きやった!でも今のお前は嫌いや!」

「…………ア」

「おれ、今のお前のこと、嫌いや。絶交してくれ」

「…………….ワカ..ッタ………..」

俺は目から出る汗で視界がぼやけてたからはっきりとはわからなかったが、ゆう君はいつものようにニカっと笑っていた。少なくとも俺にはそう思えた。そしてこれが俺が見たゆう君の最後の笑顔だった。