恋のABCD包囲網

恋のABCD包囲網

先日の夜なにげなく同部屋の輩におしえを弘めていたら、「性的なことを捨象した『からだのおしえ』なぞ片腹痛いわ」などと、だしぬけにdisをかましてきた。「業腹だ、業腹だ」とグーの拳で答えてやれば、「くわばらくわばら」と返ってくる。割に良いパンチラインだったからその場では無礼を許したが、思い返すと段々腹が立ってイライラムカムカし、そのイライラが下腹部に降りてきて抑えきれず、かねてより私の親指に縋りつく下賤な広告を遂に許し、マッチングアプリを始めるような仕儀となってしまった。

マッチングアプリの使い方はよくわからなかった。とりあえず趣味欄が読書or音楽鑑賞になっている娘に片っ端からいいねを付け、「Здравствуй!わて、ほんまもんの京大生やで~😁 オモロいで~😎 おもろwおもろwwおもろさうしwww ※おもろそうしの「おもろ」とは沖縄弁で「思い」が転じて「歌」の意になったもので大和言葉の「面白い」とはあまり関係がない」などとメッセを飛ばしていたら、まさに入れ食い状態。深夜になっても通知が止まらず、いつになっても寝れないので、私のおしえを聞いてくれそうな娘を一人選んで会う約束を取り付けると、あとはブロックしてしまった。

翌日、昼過ぎ、岡崎公園。初夏快晴。彼女は一人で待っていた。黒のレースの日傘をさして、飾り付けすぎたチョコレートケーキみたいな格好をして、なにかしきりにフリック入力しているのが横断歩道の向こうから見えた。あ。通知が来た。

『いまどこにいるの?』

『ここにいるよ』

『どこ?さっきからずっと待ってる。はやく来て』

『はい』

『はいじゃないが』

https://www.youtube.com/watch?v=M80XXxMKFWw

『え?』

 

もう、全部どうでも良くなってしまったので、持っていたスマホを電灯に叩きつけバリバリ最強No.1にした。視線を上げて見渡すと、青い空と芝生の間に20代前半の青年であるところの私が立っていることがわかった。なんでもっと早く気づかなかったのだろう。憤りを感じ、それを埋め合わせるため、横断歩道の向こうに見せつけるようにストライドを大きく取って駆け出した。