「博士のベーシックインカム!?」 ~爆誕せよ!!博士共済組合!~

「博士のベーシックインカム!?」 ~爆誕せよ!!博士共済組合!~

【要約】

原理上国からの補助を一切受けることなく、産休・育休・無職期間を含め、全ての博士に対して最低年収300万程度を保証することが出来る。Ph.Dが他のPh.Dを仲間として認めることが最大の鍵である。世代間格差を解消し、研究能力を高め、リスクを取りやすくし、日本の国力を爆上げ可能な方法である。博士号取得者を大幅に増やし、高度知的社会に対応可能な世界を目指すための一里塚となる。

 

【本文】

日本の博士号取得者はおよそ40-50万人程度(注1)。多くが企業や公的機関などで働いていると思われる。既に引退して悠々自適の方もいらっしゃるだろう。一方、任期付きの研究員は全国で1万5千人程度である(注2)。無職の方・低賃金の職の方・特任の方・専業非常勤の方・定年後再雇用の方を全て(以後、ポスドクという場合はこれらすべてを指すこととする) 含めて同じぐらいいるとして、トータル3万人である。何のことはない。エリート博士や悠々自適博士が月に1,2万も支払えば、全てのポスドクに対して月9~18万円のベーシックインカムを保証できるのだ(注3)。9人で1人を支えれば良いので、国民年金等よりよほどイージーゲームである。

しかも、現実的には多くのポスドクは年に数百万円を稼ぎだす労働者でもある。実際にこの「ベーシックインカム(狭義のベーシックインカムの定義から外れるが、他にいい言葉がないのでそのまま用いる)」を必要とするのは、産休育休中の方を含めて2~3割(6~9千人)ぐらいであろう。すなわち、実際の運用としては、安定した博士が月に5000円ちょっと払えば、全員に最低月収25~30万円程度を事実上保証できる計算であるベーシックインカムとしては十分であろう。もう任期切れに怯える必要はない。産休だって育休だって、何人分でも堂々と取れる。ポスドクのフェローシップとしても最適だし(採択率100%かつ、金額は学振PDよりも少し少ない程度である。) 、大学や組織・社会への提言も腰を据えてじっくりと行える。転職活動や執筆活動、起業などに労力を割くこともできるだろう。

これが実現すれば、博士号取得は日本のキャリアパスのゴールドスタンダードとなりうるかもしれない。そもそも高度知的社会を迎えた令和の時代、社会のありとあらゆる場所に博士レベルの人材が必要となっている。医療・介護・飲食・土木・農林水産業・IT・製薬…。高度知的社会の並を乗り越えるため、原理的に博士レベル人材を欲している(しかし採用できない)企業・業界は数多く存在する。博士レベル人材は圧倒的に足りていないのだ。加えて、大学・公的機関の研究教育能力向上の必要性も叫ばれているが未だ困難である。人間の数が圧倒的に足りていないのだ。

人間の数が足りない原因として、博士号取得後の「国内での」キャリアパスが不透明であることが挙げられる(日本で生活したい人が日本の問題を死ぬ気で解決しようしていることに対し「海外へ行け」という見当はずれな意見を出す人はもういなくなったと信じている。それとも当該国をNipponの領土にせよと主張しているのだろうか??)

「博士ベーシックインカム」制度、言わば博士共済組合は、日本社会とアカデミック(大学等の高等教育機関や研究機関関連を指す)にまつわるすべての問題、例えば博士号取得者の低迷、イノベーターの生活苦、選択と集中、アカデミックハラスメント、任期切れ、言論の抑圧、世代間格差、研究の持続可能性の低下…。などをすべて解決できる潜在的な可能性を持つ。いくつかのメリットに関しては後述する。必要なことはただ一つ!「博士が他の博士を仲間として認める」ことである。仲間のために月5000円すら払わない狭量な集団なのか、それとも人類の発展と学問の普及のために最低限度の助け合いを行える集団なのか??その鼎の軽重のみが問われているのだ。博士というのは究極のメンバーシップである。博士号は博士号を授与する資格があると認められた学者(日本の場合「マル合」がそれに相当する)が、当該人物の博士論文と学問を判断し、認めた人物に対して博士号を授与するのである。これは世界共通であるはずであり、そこに身分も国籍も性別その他も関係ない。ゆえに博士後は世界共通の資格として成りたっているのである。博士号のもつメンバーシップとしての側面をきちんと生かせば思想的には十分実現可能である。

博士共済組合がパーフェクトに機能すれば、博士号取得者が増え、日本中に博士レベル人材が満ち溢れ、改善が必要な業界全体に博士レベル人材がいきわたるようになる。日本に戻ってきやすくなるので海外就職にも挑戦しやすくなる。海外で育った優秀な人材を採用できるのはもちろん日本の組織である。アカデミックにおいては最大のネガティブポイントである「不安定さ」をかなりの程度打ち消すことができる。当然、研究のレベルも向上するだろう。男女問わず産休育休も自由に取れるようになるため若い世代の参入をしっかりと促せる。全力をもって推進すべきと考える。

 

【Q and A】

・どうやって月5000円も払わせるの??

勇ましいことを言ったが、払うための誘導(インセンティブ)がなければ払うものも払わないというのもまた真理である。いくつかの案を提示する。

案1:支給対象年齢を「70歳以下」にする。

すなわち、博士共済組合に加入していれば、ベーシックインカムとして65歳定年後、5年間で2000万円前後受給できるようになる。老後2000万円問題はサクッと解決である。アカデミック・企業等所属を問わず絶大なメリットとなるだろう。博士号取得者の老後はさすがに他の財源(年金とか持株会とか退職金とか)もあるだろうから(ない人を否定しているわけではない)、上乗せで2000万円もらえるとなれば老後は悠々自適がほぼ確定する。孫の学費も出せるだろうし、医療費だって心配しなくてよくなるだろう。しばらくはお金を気にせずに海外の研究機関の訪問研究員になれるかもしれない。現役時代どうしてもできなかった研究に手を出すこともできるのだ。(今時のシニアは70歳でもバリバリ現役だったりするので、もう少し支給期間は伸ばしてもいいかもしれない。)

 

案2:長期加入者を表彰し、特典をつける。

例えばすべての大学の共通機器を学内価格で使えるとか、国内の全大学・研究機関の無給研究員、研修生等の待遇を無料で受けられるようにするとか。実験をする職であればインセンティブになりうるし、大学や研究機関全体としては、(まあ多数の大学で多数の機器を同時に使ったりすることは普通ないのだから)予算を積み増しする必要はほとんどない。せいぜい無給研究員の科研費や財団への研究費申請の時の事務作業が多少増えるぐらいである。それで博士号取得者が増えたり業績が増えれば御の字ではないか??

念のために付け加えると、博士共済組合参加者は研究職でないことも多いため、研究以外のインセンティブもあった方がいいことは指摘しておく。賛同してくださる企業の福利厚生施設やクーポン等を使用する権利を付与する等がよいかもしれない。この辺りの設計は現場の声を聴いた方がいいだろう。

 

案3:学会参加費を倍にする。ただし、博士共済組合加入者には割引を適応し、これまで通りの参加費とする。割増分は各学会が博士共済組合に送金し原資とする。

例えば日本化学会の参加登録費は正会員の場合で15000円である。これを30000円にする。博士共済組合費5ヵ月分を払ってもらうわけである。(当然博士号を持たない正会員への配慮等は必要となる。タイトルをDr.にしない場合は博士共済組合ではなく学会への収入にするなど)年に2~3回の学会に自費で参加する研究者なら博士共済組合に入った方が得となる。経費で出る場合であっても、博士共済組合に入ってさえいれば経費を節約できるのだからより入りやすくなるだろう。

より踏み込んだ案として、査読なし学会の場合「博士共済組合加入者を優先して口頭発表に採択する(発表の自由はポスター発表により担保する)」「非加入者には招待講演の旅費を出さない」「シンポジウム等主催者には学会として博士共済組合への加入を強く要請する」という手法がある。アファーマティブアクションとして現在行われている施策等も参考になるだろう。実施には議論が必要であるが、加入へのインセンティブをつけることは研究者の自治活動の範囲内でかなりの程度可能だ。予算と人数の多い医学・薬学系の学会がドル箱となるだろう。金がうなっている学問分野がより多く負担することにより、学問間の格差を自動で平準化する機能も果たせるのだ。(自発的に全員加入してもらうのが一番よいのだが…。)

 

・破綻しないの??

破綻しない。制度上破綻しないようにする方法はいくつかあって、一番確実なのは支給額を確定させず、昨年度の収入を今年度の申請者で割って分配することである。つまり支給額は昨年度に博士のみんながどれだけちゃんと払ってくれたのかで決定される。住民税だって毎年変わるんだし別にいいだろ。額が低くなったとしてもそれは「払わない個人主義博士がいる」か「博士の人数が少ないから」である。人格高潔かつ高収入の博士を増やそう。あなたもがんばれ。

 

アカデミア全体へのメリットは何か。

計り知れない。いくつかに絞って言及する。

メリット1:全ての世代間格差を解消できる。

世の中には世代間格差が存在する。アカデミックも例外ではない。特にアカデミックでは世代間格差がそのままポスト(生活費と研究の継続)に直結するため、往々にして世代間格差が重要なトピックとなる。若手とシニアがいがみ合うわけである。こうした対立は大部分が博士共済組合制度により解決される。まず若手にとってのシニア研究者は、自分が困窮したら無条件に生活費を払ってくれるマイシスター・マイブラザーとなる。面識などなくてもである。悪感情など抱きようがない。一方シニアにとっての若手は老後のベーシックインカムや弟子の収入を維持するために超・働いてくれる共済組合員ある。悪感情など抱きようがない。

そもそも世代間対立は不毛である。若手にとって生活の不安が第一なのだから、シニアはポストがどうのこうのとつべこべ言わずに、金を払えば解決するのだ(これまでたくさん儲けてきましたよね。まああなたの同級生よりはあなたは稼いでないと言うかもしれませんが、儲けたとは思いますよ)。金があれば若手は勝手にラボに居候して研究するのだ。逆に若手が成長して安定した職についたら、困っている人にお金を払えばよいのだ。アカデミックの基本原理である相互扶助の原則にちゃんと誠実に従えば解決する問題をグダグダと長年揉めているのは正直外野から見ていても?????である。この案で払う額、月々5000円ちょっとですよ?

 

メリット2:アカデミック・ハラスメントを防ぐことができる

多くのアカデミック・ハラスメント(アカハラ)の要因として、次のポストへの不安がある。アカデミックの就職活動の場合、上司からの推薦状がなければ転職活動を行うことは事実上不可能に近い。雇用される際の必要書類として推薦状が必要な場合が多いのだ。たとえ任期切れでクビになってもである。一方博士共済組合が出来れば、推薦状など一切なくともカジュアルに研究場所を変えることができる。移動元も移動先も金を払っていないからである。移った先で人間関係を築き、新たな推薦状をもらえばよい。

またこの「任期」というシステム上、アカデミアでは産休や育休をとることのハードルが企業の正社員に比べて極めて高い(注4)。研究の期限は決まっているが、産休育休中は当然研究は進まず、代替要因も普通はいないからである。研究が進まなければ次の職がないというプレッシャーは常にある(と思う)。ここの葛藤に漬けこみ産休や育休取得をたしなめる方すらいらっしゃると聞いている(都市伝説だといい切れればよいのだが…。)

しかし、博士共済組合があれば話は別である。職を辞めたら月30万円入ってくるのだ。育児に非協力的な職場など辞めてしまえ。辞めてしばらく育児に専念してもいいし、魅力的な職場を探してもよい。

今「出産・育児」を例に出したが、介護や慢性疾患の治療等の場合も同様である。現状のアカデミックは現場側、特に「何かしら事情がある研究者」に対してあまりにも不利すぎる。インクルージョン(包摂)という題目はどこへいったのやらである。企業サイドでも同様であり、一般的に介護休職や病気での休職は社会問題となりつつある。フリーランスなどでは猶更である。博士共済組合は、博士の集団が真にインクルーシブであるための一里塚ともなるのだ。

(逆に博士号さえあればインクルージョンされるという制度をしっかりと作れば、博士課程人気は勝手に盛り上がるだろう。)

 

メリット3:異分野融合やダブルディグリー等、真に独創的な道を行く人を応援できる

例えば会社を休職して2つ目の修士号・博士号を取る際にも、博士共済組合があれば便利である。化学系の企業で長年働いていた博士が、情報系の大学院に進学し修士号・博士号をとりマテリアル・インフォマティクスを推進するケースや、油画で博士号を取った方が化学系の大学院に進学し、望みの色を出すための化合物を探求するケース等が考えられる。我々の知らないニーズや文化は数多くあるが、それらに挑戦する探究者にはあまり生活費が出ない場合が多い。給料とは労働の対価であるというフレーズが呪いのように効いているのだ(何が労働かを雇用主が決める制度と、前人未到の荒野を行くことの相性がおそらく悪すぎるのだと思う。本来はこのギャップを埋めることも、公共財としての大学の責務であったと思うのだが…。)

博士のベーシックインカムはこの矛盾をも解決し、セレンディピティあふれる世界を構築可能である。お金がないときでも月30万入ってくるからである。軌道にのって収入がたくさん入ってくるようになれば、支える側に回って欲しい。

 

外国で博士号を取得した場合はどうすればいいか?

対象とすればよい。国際競争力の観点からすると制限を付けない方が良いと思うが、どうしてもなにか制限を設けたいなら、例えば5年以上の加入期間を設けるなどの手段があるとは思う。

 

普通の市民との間に分断は生まれないか?

生まれないだろう。この制度の原資の大半は博士のポケットマネーである。そりゃあ国や個人・大学・企業からの寄付はあればあるほどありがたいが、現実的には博士同士の互助会である。ほかの互助会を参照しても、互助会がことさらに分断を煽るシステムということはないだろう。例えば山梨には山梨県人会があり、(元・現)山梨県民に種々の便宜を図っているが、山梨県民と非山梨県民の間に致命的な分断が生じるということはあまりないのではないか??

 

どの博士でも研究できるなら、アカデミックポストのブランドが失われないか?

失われない。たまに勘違いしている人がいるので言っておくが、大学教員がすごいのは人類の発展に広い意味で貢献したり(研究)、次世代の人材を育てたり(教育)、教育の場を身を粉にして運営している(校務)からであって、激しい競争に勝ち残ったからではない。そんなに競争したければかけっこ教室にでも通えばよい。

納税者からすると、目の前のセンセイには「凄い発見をしてほしい」とか「うちの娘を育ててほしい」みたいな期待は当然するのだが「何倍の倍率の競争に打ち勝ってここにいるのか」などは一切考えない。トヨタ自動車を凄いと感じるのは製品自体と広告宣伝が凄いからであって、新入社員のES通過率が低いからではないのと同様である。ブランドはまともに仕事をしたり、優れた職場環境を作ることで保つべきだ。競争に逃げるな。

 

以上、真に多様性と創造性のあるアカデミックの醸成に向けた一案である。一人の納税者としては大学や研究機関に期待するところは大きく、今後数十年の発展のカギとなると考えている。その強さの源は相互扶助の概念により過度に外部評価を気にすることなく本質的な仕事を行える、自治の風土に由来すると考えている。相互扶助の一つの形として「博士のベーシックインカム」は非常に魅力ある提案である。前向きな議論を期待したい。

 

【脚注】

注1:なぜか累計の数字が出てこないので、

1423020_008.pdf (mext.go.jp)

資料5 大学院教育の現状を示す基本的なデータ (mext.go.jp)

等のデータを用いて概算しました。

同様の推定は

日本には何人のハカセがいるのか|浜尻六彁 (はまじり ろっか)|note

等でも行われています。

(だれか正確なデータを出してほしい…。)

注2:【優秀な若手を活かせ】ポスドク支援の課題を考える | 東大新聞オンライン (todaishimbun.org)

注3:私が知る限り、以下のツイートのような提言があります。

注4:任期付き研究員と育休を両立するのは未だ難しく、一旦離職する方が未だ多くいらっしゃると聞いています。こうした場合のサポートとして、育休開けの研究者を対象とした学振RPD等の制度が現在存在しています。