柿太郎

柿太郎

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。2人は村のはずれの大きな大きな家で、仲良く暮らしておりました。

ある日、いつものようにおばあさんは島まで遠泳に、おじいさんは山に熊撃ちに出かけました。おばあさんが島に到着し、休憩がてら付近を散策していると、崖のうえに柿の木があるのを見つけました。
「おや、あんなところに柿の木が」
崖はゴツゴツとしていて、高さも20mはありましたが、おばあさんはひょいひょいと登攀していきます。
「うん、うまそうな柿だ。おじいさんも喜ぶだろう」
その柿はずいぶんと大きなものでしたが、数年前までこの島には巨大な原子力発電所があったので、こんな突然変異もあるのだろうとおばあさんは納得しました。その柿を背負っていた袋に放り込むと、またおばあさんは村まで泳いで戻りました。

おじいさんが家に帰ってくると、おばあさんはさっそく柿を見せました。
「おじいさんや、今日あの島に行ってみたら、こんな大きな柿を見つけたのさ。ちょっと食べてみるかい」
「おお、これはこれは大きな柿だ。半分に割って、2人で食べようじゃないか」
そういっておじいさんは柿を包丁で真っ二つに割ると、むしゃむしゃと食べ始めました。
「うん、うまい。よく熟しているね」
「そうかい、じゃあ私も食べてみるかね」
おばあさんはそう言って、柿を一口食べてみました。
「うぅ、なんでだろう。こんな美味しそうな柿なのに、なんだか吐き気がする」

2人が村のお医者さんに行くと、なんとびっくり、おばあさんは妊娠しているというではないですか。普段から腹筋を鍛えていたため、ちっともお腹が膨らまなかったようです。柿を食べて分かったことから、2人はその子を、男の子なら「柿太郎」、女の子なら「柿姫」と名づけることにしました。

しばらくして、おばあさんは元気な男の子を出産しました。
「おやおや、お前によく似て、泳ぎも走りも達者そうな男の子じゃないか」
おじいさんがそういうと、
「なにを言ってるのさ。この子だって、銃を持たせたら百発百中、罠を教えたら絶対に獲物を捕まえ、薬草の知識だってぐんぐん習得するだろうさ」
おばあさんは笑ってそう答えました。

柿太郎はすくすくと成長しました。そして村はもちろん、国中に彼の名前が広まりました。それもそのはず、柿太郎は札付きのワルで、盗みをすれば百発百中、カモを見つけたら絶対に捕まえ、法律の知識もぐんぐん習得し、あれやこれやいろいろな悪事を働いていたのでした。

ある夜のことです、いつものように柿太郎が悪事に出かけようとすると、遠くの部屋から、かすかに物音がしました。
「なんだろう、あの方向は離れの倉庫か?」
その倉庫というのは、おじいさんとおばあさんが普段よく出入りしていましたが、柿太郎は絶対に入ってはならないときつく戒められていました。
「あの倉庫のなかには何があるのだろう」
そう思い始めると、もう行かないわけにはいきません。

柿太郎はそろりそろりと倉庫に近づくと、窓の障子の隅っこに小さな穴を開け、中を覗いてみました。するとそこでは、おじいさんとおばあさんが、柔道の練習をしているのでした。
スッ、ヒョイッ、バタン。
スッ、ヒョイッ、バタン。
スッ、ヒョイッ、バタン。
スッ、ヒョイッ、バタン。
お互いに何度も何度も投げ飛ばし、投げ飛ばされていました。しかし不思議なことに、2人の顔には痛みも疲労もなく、どこか恍惚とした表情をしているのでした。

しばらく見ていると、さらに柿太郎はびっくりしました。部屋のなかはどうも白く靄がかかっているようでしたが、それは熱気などではなく、机の上で焚かれている白い粉のせいなのでした。

モクモクモクモク

障子の穴から出てくるその煙は、どこか甘ったるく、しばらく嗅いでいると不思議とリラックスしてきます。しかしそこは札付きのワル、「これはなんだ?」と思うより先に、「これはどこで手に入るのだ?」ということが気になるのでした。

しかし、その疑問はすぐに解決しました。おばあさんが遠泳に行くときの袋。それは家を出るときには空っぽで、帰ってくるといつも膨らんでいるのでした。
「あの島に行ってみるか」
柿太郎は決心し、さっそくおじいさんとおばあさんが大切に保管していた白い粉に、薬を混ぜておきました。

翌朝、柿太郎が島に向かっていると、原っぱで野犬の群れに囲まれてしまいました。
「やいお前、ここをタダでは通らせないぞ」
群れのなかでもひときわ大きな野犬が出てきて言いました。
「お団子を1つあげるから通しておくれ」
「キビ団子か?そんなのいらないよ」
「いやいや、キビ団子ではない。これはヨモギ団子だよ」
「そうか、それなら試しに1つ食べてみようか」
野犬の大将はもぐもぐとヨモギ団子を食べました。するとなんということでしょう。とたんに目がとろんとして、足ががくりと折れ、歯のあいだからヨダレを垂らし、力なく地面に横たわってしまうのでした。
「なんてうまいヨモギ団子なんだ。幸せな気分になってくる」
そうして野犬の大将は、柿太郎の忠実な家来になりました。

しばらく進むと、こんどは山でサルの群れに囲まれてしまいました。
「やいお前、ここをタダでは通らせないぞ」
群れのなかでもひときわ大きなサルが出てきて言いました。
「お団子を1つあげるから通しておくれ」
「キビ団子か?そんなのいらないよ」
「いやいや、キビ団子ではない。これはヨモギ団子だよ」
「そうか、それなら試しに1つ食べてみようか」
サルの大将はもぐもぐとヨモギ団子を食べました。すると、とたんに目がとろんとして、足ががくりと折れ、歯のあいだからヨダレを垂らし、力なく地面に横たわってしまうのでした。
「なんてうまいヨモギ団子なんだ。幸せな気分になってくる」
そうしてサルの大将は、柿太郎の忠実な家来になりました。

さらに進むと、こんどは雑木林でキジの群れに囲まれてしまいました。
「やいお前、ここをタダでは通らせないぞ」
群れのなかでもひときわ大きなキジが出てきて言いました。
「お団子を1つあげるから通しておくれ」
「キビ団子か?そんなのいらないよ」
「いやいや、キビ団子ではない。これはヨモギ団子だよ」
「そうか、それなら試しに1つ食べてみようか」
キジの大将はもぐもぐとヨモギ団子を食べました。すると、とたんに目がとろんとして、足ががくりと折れ、クチバシのあいだからヨダレを垂らし、力なく地面に横たわってしまうのでした。
「なんてうまいヨモギ団子なんだ。幸せな気分になってくる」
そうしてキジの大将は、柿太郎の忠実な家来になりました。

イヌ、サル、キジの大将をひきつれ、柿太郎は舟に乗りました。途中、イヌとサルは仲が悪くてよくケンカをしていましたが、そのたびに柿太郎はヨモギ団子を食べさせて場をなだめました。キジも何度か空高くへ飛んで逃げようとしましたが、数時間も経つとヨモギ団子の味が恋しくなり、戻ってきました。

いよいよ島に到着すると、そこには見るも無残な廃墟が広がっていました。見たこともないような、さまざまな植物も群生しています。毒々しい紫色のタンポポ、直径1メートルはありそうなフキ、強烈な悪臭を発するパセリ、ぼんやり青白く光るミニトマト、そしてなりより、白い粉をびっしりと吹いた牡丹のような花がありました。そのほか、左右や上下ではっきり色の違う植物や、花びらと葉っぱと茎と根っこがごちゃまぜになった植物や、樹皮がブヨブヨになった低木や、なんとも奇天烈な光景なのでした。

「大変なところに来てしまったな。でもとりあえず、休憩として余っているヨモギ団子をみんなで食べないか」
柿太郎は、懐から最後の3つの団子を取り出すと、そっと薬を混ぜ、イヌ、サル、キジに与えました。

「さて、用法と用量をちゃんと守って使おうか」
それからのち、柿太郎はその島で一人幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし。


参考文献
http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=1159
http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/08/01.htm

過去の作品「33匹の子ブタ」
https://senmanben.com/20200830/716/