浦島次郎【PG12】

浦島次郎【PG12】
書いたひと: Dali

むかしむかし、あるところに、浦島次郎という若者が住んでおりました。

ある日、浦島さんが浜辺を歩いていると、村の少年たちが何かを囲んで集まっていました。ワイワイガヤガヤとにぎやかで、なんだろうと思って浦島さんが近づいてみると、どうやら村一番で力持ちの少年が、大きな大きなカメと力比べをしているのでした。

いや、力比べというより、それは相撲とか柔道とか、または今でいうところのレスリングに近いものでしょうか。地面を這いつくばり、つかみ合い、ひっくり返し、ときには殴り、噛みの、激しい戦いです。

しかし人間とカメでは、骨格や体重に大きな違いがあります。その力比べも最初はお互いゆずらずでしたが、じきにカメが村の少年を組み伏し、さらには頭をぐいぐいと砂浜に押さえつけてしまいました。取り巻きの少年たちは焦ってカメを引きはがそうとするのですが、なにせ皆ひょろひょろとした少年たちばかりです。興奮したカメはあまりに激しく、浦島さんが手を貸してなんとか引きはがせはしましたが、下に組み敷かれていた少年はもう虫の息で、目も当てられない有様なのでした。
「お前ら、今日はこのくらいにしといてやる」
という捨て台詞を吐き、カメは海へと帰っていきます。

「まったく、カメを怒らせたらダメじゃないか」
浦島さんが少年たちを諭すと、
「違うよ、カメが僕らを襲って来たんだ」
「あいつがうっかりバナナを持っていたから」
「最初はバナナを差し出せば済むと思ったけど、あいつ今日は特にご機嫌斜めで、ケンカになっちゃったんだ」
「ケンカなんてもんじゃねぇよ、すぐお医者さんとこに連れていかないと」
と口々に言うではないですか。

そう、この村の人々はカメをことのほか怖がっているのです。海の近くの家はたびたびカメに襲われ、食料はもちろん、サンゴや真珠のような高級品まで持ち去られるのです。それに海で泳いでいると、まれに小さな子どもがカメに食われたり、連れ去られたりすることだってあるのでした。

さて、それから数日経って、浦島さんが沖合で漁をしているときでした。ザザザーっという大きな音がしたかと思うと、海の中から見覚えのある巨大なカメが、浦島さんの小舟のすぐそばに現れたのです。
「お前、健康そうな体をしているな」
と、カメは言います。
「だったらなんだと言うのだ」
広い海の上で、たった一隻で漁をしていた浦島さんは、周りに助けを呼ぶこともできません。強がろうにも、足はどうしても震えてしまうのでした。
「それにお前には兄弟がいる」
その通りではありましたが、いったいカメが何を求めているのか、浦島さんには分かりません。カメの話し方は実に平板で、感情というものがつかみにくいのです。
「だからお前がいなくても、家族は大丈夫だ」
そう言うな否や、カメは浦島さんの舟をひっくり返し、海に落ちた浦島さんの首根っこをくわえて、グイグイと海底に引きずり込んでいきます。
「おいっ何をする」
浦島さんは泳ぎは達者でしたが、海女さんのように深くまで潜ることはできません。ましてやカメは陸上より水中のほうが力がずっと強いのです。浦島さんはすぐに息が尽きて、意識がぼうっとしてしまったのでした。

目が覚めると、浦島さんは畳の上に寝かされていました。いや、起きてすぐに気がついたのですが、それは畳に似た手触りの、藻の生えた固い岩の上でした。天井なのでしょうか、藁か枝か、それか動物の皮なのか、あまり見慣れない、茶色っぽい覆いが見えました。
「うぅ、頭が痛い。首も肩も腰も、関節がどこも外れそうに痛い」
ちょっと頭を上げようとしただけで、全身に激痛が走るようでした。ここは海底ではなく、どこかの島のようです。波の音や、風の音が聞こえてきます。

「まだ起きてはダメよ」
明るさに目が慣れ、だんだんと視界が戻ってくると、すぐそばに若い女が座っているのが分かりました。
「今はまず回復しなさい」
そう言うと、おもむろにその女は陶器の器を取りだし、それを浦島さんの口にあてがうと、ドロリとした苦い汁を飲ませてくるのでした。
「お前… ここは…… カメ… 」
浦島さんは矢継ぎばやに質問をしようとしましたが、体が言うことを聞きません。苦い汁がのど元をすぎると、浦島さんは急に眠くなり、そのまま意識がまたぼうっとかすんでしまいました。

「だいぶラクになったでしょう」
女の声が聞こえて、浦島さんは目を開けました。固い岩に寝かされているからでしょう、背中は少し痛みましたが、関節の痛みはだいぶ引いたようです。ゆっくりゆっくり、浦島さんは体を起こしました。
「ありがとう」
まず一言目にそれが出てくるとは浦島さんにも意外でしたが、聞きたいことが多すぎて、まずはこれしか言えないのでした。
「カメはどこにいる?」
「お待ちなさい、今から順に説明するから」
見ると、女はずいぶんと汚れた服を着ており、まだ若いのに髪はぼさぼさでした。また、浦島さんがいるのもずいぶん粗末な、部屋とすら呼べないような掘っ建て小屋なのでした。
「カメはね、私たちを誘拐したの」
女はうつむいたまま、説明を始めました。

「私の名前は乙姫。あなたがどこの村の者かは知らないけど、小さな子どもが海で襲われるとか、いなくなるとか、そういう話は聞いたことがあるでしょう。それがカメの仕業だということも、きっと知っていると思います。そう、それがあのカメなのです。

あのカメは、ここから近いところに自分の巣を持っています。そこに人間の子どもとか、魚とか、ときには鳥とか、さまざまな動物を連れ込んでは、働かせて、巣をさらに大きくしていくのです。働けなくなった動物は、食べてしまうこともあれば、粉々にしてどこかに捨てているようです。

この島は、大きな海の真ん中にあるようです。私は何度も助けを求めようとしましたが、それは叶いませんでした。鳥もいますから、もし近くに別の陸地があれば彼らなら往復できるでしょう。そうではないということは、もう充分に分かっています。

ここには季節がありませんから、もう何年経ったのか見当もつきません。でも3年でしょうか、4年でしょうか。私はずっとここに住んでいて、たまにカメが人間を連れてくると、私に世話をさせるのです。

じきにカメがここに来るでしょう。日が沈むころになると、カメはここに夕食を食べにきます。あなたの仕事は、とりあえずこの小屋をもう少し頑丈にすることです」

浦島さんはそれを聞くと、もう質問する気力もわかないのでした。絶海の孤島であっても、あの大きくて力の強いカメであれば泳いでこれるのでしょう。逆にあんなカメでもなければ、ここまでは泳いでこれないのです。

浦島さんと乙姫さまがしばらく休んでいると、カメがどしどしと小屋に入ってきました。
「メシだ」
短くそういうと、カメは小屋の地面に体をこすりつけ、甲羅についた泥やぬめりを落とします。それが済むと、浦島さんをじっと見据えて、
「お前、話は聞いたか。そういうことだ」
そう言っただけでした。

さて、ここでの暮らしは、それはもう筆舌に尽くしがたい、過酷なものでした。小屋を出ても、四方は見渡す限りの大海原です。島はそこまで大きくはなく、それも岩場になっていました。少し遠くまで泳いでから振り返って見てみると、まるで1つの城のようです。

食べるものは乏しく、カメの食べ残しを浦島さんと乙姫さまの2人で分け合います。することもありませんから、夜遅くまで互いの身の上話を話し合い、故郷の家族を懐かしむのです。それにも飽きると、乙姫さまは浦島さんと一緒に島を歩きまわり、打ち上げられた木材を拾い集めるのです。しかし、絶海の孤島にはあまり多くのものは打ち上がりません。ときに乙姫さまは孤島にいることに深い絶望を覚え、浦島さんに「一緒に海の深くへ沈んでしまおう」とさえ持ちかけるのでした。

そんな浦島さんが、ではどうしてこの世界へ戻ってこられたのか。そんなカメの暴虐な生態、絶海の孤島での苛烈な生活が、どうして物語として伝わったのか、それを最後に説明しておきましょう。

カメは毎朝のように遠くの海まで出かけ、うまそうな魚がいれば捕まえ、もしくは村を襲って食料を奪い、夕方に帰ってくるのです。そんなある日、カメの世話をしていた乙姫さまは、分からないようにカメの食事に薬を混ぜ、それもすぐには効かないように、ちょうど昼間に胃袋で消化されるように、薬に細工をしておいたのです。

そうした薬の準備と並行して、浦島さんは打ち上げられた木材から苦心して凧と筏を完成させ、岩場の陰に隠しておいたのです。そして鳥に方角を導かせ、魚を干物にして携え、1ヶ月を超える長く辛い航海を耐え抜き、なんとか懐かしの陸地にたどり着くことができたのでした。

しかし、そんな長い旅路のなかで乙姫さまは日に日に痩せ衰え、ある日ついに動けなくなってしまったのです。もういよいよ最期というとき、乙姫さまはこう言いました。
「これは玉手箱。私がこの島に連れてこられる前から、ずっと持っていた宝物です。もし陸地にたどり着くことがあったら、どこかに埋めておいてください。これは私の身代わりとして、陸地にたどり着いたことを喜ぶことでしょう」
そういって黒光りする小さな箱を浦島さんに託すと、ついに乙姫さまは息を引き取ったのでした。

浦島さんは、受け取ってしばらくは開けないままに箱を持っていたのですが、ついに念願の陸地に着き、その黒々とした箱を改めて眺めているうちに、ふと「開けたい」という衝動に駆られたのです。

「乙姫さまは、もしや高貴な家の生まれだったのではないか。この箱の中に、もしやその家につながる品が入っているのではないか」
「いや、貧しい家だってかまわない。あの乙姫さまの、過去が知りたい」

そう思い始めると、もう我慢できたものではありません。固く結ばれた紐をなんとかほどくと、小さな箱を恐る恐る開けてみました。

すると、なんということでしょう。あたりにはボワボワっとした真っ白い煙が立ち込めたのです。「こ、これは」と思ったのも束の間、浦島さんは、その場に倒れこんでしまいました。

「あなたのいない人生なんて、私には無意味よ。もし死んでも、あの世でまた会いましょう」

かつて、乙姫さんが島で絶望するとよく言っていたことでした。

めでたし、めでたし。


参考文献
http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=23
http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/07/01.htm

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