【要旨】
女性枠や若手枠等の枠の設定は最終手段ではなく、格差是正としては中程度の手段である。中程度の手段が適切である場合には有効であり、よりハードな手段が効果的な場合もあれば、より穏やかな手段が必要な場合もある。これは要求される社会変革量を見極めることにより可能である。どの「枠」を設定すべきかについての議論は、こうした認識のもとオープンに行われるべきである。
前回の記事「枠と鉄砲玉」枠と鉄砲玉 | 千万遍石垣では、いわゆる「枠」という制度が社会のための鉄砲玉になってもらうための制度であり、鉄砲玉には敬意を支払い恩恵を渡すべきであるという議論を行った。残る問題としては、いかなる時に枠が設定されるべきであり、いかなる枠は不合理なのかが残る。本稿では理不尽に対する有用性という点から、これを考えるフレームワークを提示することを目指す。
まず第一に、「枠」というのが人権侵害に近い何か最終手段であると考える人が多い。筆者の考えでは、これは誤りである。枠というのは中程度の制限であり、不条理に対する問題解決能力もまた中程度である。
不条理に対する中程度でない手段として、例えば民法の改正や刑法の制定が挙げられる。違反者の財産を没収したり、刑務所に送ったりするのだ。例えばつい最近まで民間企業では女性のみ定年が35歳程度であったが、現在では法律が改正され、こうした差別的取り扱いは禁止されている。男女雇用機会均等法を始めとする種々の法律の制定により、例えば子供を生み育てながら生計を立てることが遥かにやりやすくなったといえよう。平成中期まではサービス残業や強度の異様に高い労働というのが一般的であったが、労働基準法の改正や労働基準監督署の機能強化等により、こうした悪い労働環境は―全部ではないにしても大幅に―駆逐された。
別の手段として、直接行動が挙げられる。例えば日本に招へいされてから祖国で動乱が起きビザがなくなってしまった(帰国すると殺される)Sさんを日本国内で死ぬまで守り抜いた事例や(注1)、企業内部の意思決定システムを捻じ曲げ独断でホームレスへの炊き出しを行う場合等が想定されるであろう。裁判というのも含まれる。震災の時に現地に駆けつけ命を救う行為なども直接行動である。
理不尽に対する手段のいくつかの例を整理したイメージ図を下に示す(図1)。横軸に理不尽の強さ、縦軸に潜在的に必要とされる社会変革(あるいは、変革への願い)の強さをとり、各点において有効な手段をグラフ内に記載した。概ね丸の中では記載された手段が有効であるというざっくりとしたイメージである。

この図で主張されている通り、枠を作るというのは民法や刑法を根本的に変えることでもなければ、法を無視してでも現実を塗り替えることでもない、あくまで中程度の手段なのだ。逆に言えば中程度の問題にしか有効ではない。例えば女性がマイノリティである場合に設置される女性枠を考えると、女性同士の同僚・学生らとの会話を推進したり、男性が気に留めないか気が付かない問題点を指摘したり、これまで集団に入ってきにくかった女性を勧誘したりといった役割が、女性枠で採用された人間には期待されるだろう。こうした行動は男性優位の集団に対する鉄砲玉として正しく働くが、一方で国家権力を用いた力による変更とはほど遠く、あくまで合意形成に基づく雰囲気やルール変更の範囲内に留まることが多いだろう。
かつては女性が今よりも遥かに弾圧されていた時代があり(図の右上に位置)、そうした場合は激しい実力行動や根本的な法律の改正が必要であった。それにより必要な社会変革量が緩和され、社会が変化した(図の中央に位置)。これにより枠が有効な手段となったのであり、現在適用されているのである。もちろん、枠をしばらく維持した結果必要な社会変革量が減り、さらに社会が変化すれば(図の左下に位置)、枠は有効ではなくなるだろう。
もう一つの枠として、数理人材枠を考えてみよう。時は遡り江戸が明治に変わる頃、対外情勢の激変と西洋植民地主義との出会いによって、多量の数理人材が必要とされた(注2)。しかしながら当時の日本にはそんなものは殆どいなかったのである。そのため大学令を発布し多数の数理人材を育成した。大規模な社会変革である。その結果日本には高木貞二・長岡半太郎・岡清・湯川秀樹・永田雅信・甘利俊一らが生まれ、現在まで続く数理科学の花が開くこととなる。こうして必要な社会変革量が緩和されたため、次のステップとして大学入試や企業での採用時に数理人材枠が設けられることとなった。例えば現代の製薬企業ではデータサイエンス職の求人が多数出ており、こうした枠によって登用された人材が、社内のデータマネジメントやナレッジマネジメント・大規模データの取り扱いや機械学習などによる設計予測・過去の実験ノートのデジタル化による現場の勘や経験の数理化・それに伴う風土の刷新等を牽引していると伺っている(注3)。
逆に、社会が必要としている変革量と手段がマッチしていないために引き起こされている問題点として、貧困が挙げられる。アメリカではどう考えても再分配や社会福祉が重要なのだが、「枠」という中程度の手段に頼っているため、貧困や格差の問題があまり解決されていない。あれだけ篤志家や著名人の名前がついたフェローシップがあり、貧困層への授業料減免や入試での配慮があるにもかかわらず、アメリカの格差は基本的には増大する一方だと思われる。これは貧困問題は大きすぎて、枠を使って鉄砲玉を送り込んだぐらいでは解決しないからと言える。アメリカ社会では上の図の右上の問題だからである。実際有効な格差是正・貧困対処への手段としては、累進課税制度の徹底、特定の業種や業態への課税、金融所得等特定の所得に対する課税、障害年金や国民年金の設置や増額、固定資産税の増額、国民皆保険制度の強力な推進等(注4)が一例として挙げられるだろう。とっとと資産自体を政府介入によって直接再分配すべきである。
大きすぎる格差に対しては枠は無力なので、導入しない方がよい。むしろ「やってる感」が出てしまい本質的な対応策が取れない分、有害であるとも考えられる(注5)。要求される社会変革量に合わせた適切な手段が必要なのだ(注6)。

資本主義社会では人は他者との差分で短期的に儲けようとする傾向にある。そのため、社会は常に上図の右上へと移動する傾向にある。しかしそれが社会自体の持続可能性・中長期的な儲け・格差の少ない幸福な社会に繋がるかと言われると、特段そんなことはない。構成員である我々としては、右上に移動する現実という点に適切な社会制度でパンチを食らわせ、左下へと誘導することが求められる。些末な制度論よりもこうした原則論の実装が大事であることを、我々は忘れてはならない。
注1:学生自治2.0。第四章
https://senmanben.com/20231118/5727/
本来大学入試制度の決定などに関しては、本稿に代表されるような原則論を十分突き詰めた上で、構成員その他の人間からなる会議体が人事・決済を行う、自治空間的な会議体で決められるのが最も摩擦が少ないと感じる。制度を変えると決めてから後出しであれこれ言われても響かんよ。
自治空間については
学生自治2.0
https://senmanben.com/20231106/5686/
及び
自治とは人間賛歌である-大学自治と学生自治へのエールを込めて
https://senmanben.com/20221125/5447/
等を参照のこと
注2:もちろん数理人材以外も必要であった。例えば医者とか法律家とか官僚とか。大学令では法学、医学、工学、文学、理学、農学、経済学、商学が学部として設置されたと聞く。
注3:苦労話もよく聞く。具体的な外部に出ている例としては中外製薬の発表資料である
https://www.chugai-pharm.co.jp/innovation/digital/
等
注4:こうした制度の全部もしくは一部は日本を始めとする諸外国にあり、一定の成功を収めているが、とうぜん「枠」ではない。より強い強制力を持つ、法律や条例の制定によって達成されているし、また改良されるべきものである。
注5:もちろん、貧困について、こうした見立てを日本に即座に適応する、といったことはできない。私の知る限り現代アメリカでの格差に比べて現代日本での格差は少ない。日本ではすでに「枠」で改善できるレベルまで問題の難易度がおちていて、貧困層向けの「枠」を拡張するだけで貧困問題の解決に向けて大きく前進する可能性もある。人文社会学ではこうした点も研究テーマになりうる。
注6:ここまで語って来なかった枠制度の意義として「保護」という役割がある。これはまた別に議論するべきである。例えば勉学に極めて強い興味や才能があるが他のことをあまりしたくない児童や生徒がいたとして、他の生徒にいじめられたり周囲から浮かないように特別な学校を作り保護する、という場合である。一見するとどちらも特別な人事を行っているように思えるが、本文中の枠は格差の是正を目的としており、今回の枠は保護を目的としている。枠問題ではどちらの性質について語っているのか語り手本人ですら混同している場合があるが、両者は峻別されるべきである。

