ねことしゃべりたい

ねことしゃべりたい
書いたひと: おにもつ

こんにちは。みなさんはねことしゃべりたいですか?僕はしゃべりたいです。

今日はただの日記というかつれづれなるままに、日暮らしオフトゥンと一体化しながら心に思いつく由無しごとをそこはかとなくまとめたものです。なのであんまりまとまってません!でも公開しちゃいます!なぜなら昨日何もしてないので!!なんか進捗産んだ感じ出したいので!!!許して!!!!!

事の始まり

いつものように朝からふかふかのおふとんの上で何も生産せずにただtwitterを眺めているととあるtweetが流れてきた。要約すると猫が以下の主張をしているテイの内容だ。『ノラネコを避妊去勢して何が愛され猫だ。真夏の炎天下や極寒の冬で外で暮らしてみろ。ノミやダニに食われてみろ。怪我しても誰も見てくれないし車にひかれるリスクもある。なあ、餌撒くぐらいなら家に入れてくれ。良い事した気になってるだろ?』この猫の主張とともに室内飼育を推奨する内容である。僕はこのツイートに妙な違和感を覚えつつも二度寝の体制を整えた。そして見事な再入眠を果たした。

ノラネコ問題

日本にはノラネコ問題というものが存在しているようだ。(以降、あまり詳しいことはわかっていないため間違いがあったら指摘をお願いしたい。)騒音、糞の臭い、不衛生などを理由にノラネコに関するトラブルは後を経たない。あまりにも増えすぎた場合行政に持ち込まれて殺処分されることもある。そうした現状を防ぐため、ノラネコに避妊去勢手術を施して元の場所に返す活動も増えているらしい。街中で切れ込みが入った猫を見かけることがあるが一般的には「さくらねこ」と呼ばれ避妊去勢済みの個体であることが多い。また最近は先述した通りネコの室内飼育が推奨されている。避妊去勢により殺処分は減り、リスクの低い室内飼育が広まっているのは一見いい方向に進んでいるように思える。しかし果たしてこれらを手放しに称賛することができるのだろうか。

補足1)一般的に明確な飼い主がいるわけではないけど人間となんらかの関わり(餌をもらうなど)を持っているイエネコのことをノラネコと呼ぶことが多い。一方、元々は飼い猫だったが人間と一切関わりを持たなくなり山中で暮らしているイエネコのことをノネコと呼び区別することも多い。ノネコは西表や奄美、対馬など固有希少種の住む離島では生態系を脅かす存在として問題になっている(ノネコ問題)。
補足2)現在我々が一般的に指し示す「猫」といえばイエネコである。イエネコは大陸から交易で入ってきた種である。弥生時代の壱岐の遺跡からそれらしき骨が見つかっているのでその頃には日本には伝わっていたと推測される。イエネコは日本の侵略的外来種ワースト100にも指定されている。日本固有の猫といえば現在対馬のツシマヤマネコと西表のイリオモテヤマネコしか生息していない。どちらも生息数は100匹前後と推測されている。参考:(https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=2296&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=13&block_id=41

「正しい」がわからない

有史以来、ネコは単なる愛玩動物としてだけでなくネズミから経典や食料を守る役割を担っていた。その代わりとして人間が残飯を与えるなどして「共存」していたはずだ(当然食料としての役割を担っていた地域や時代も存在する)。しかし現在、建築技術の進歩と食料供給の安定により愛玩としての役割を残すのみとなってしまった。それと同時に街中での存在自体が敬遠され、不妊去勢手術をさせられ、外飼いが非推奨になっている。ここ数十年でネコとヒトとの関わり方は大きく変わってしまった。しかし過去1500年以上も共に歩んできた猫達の飼育方針を急にドラスティックに180度転換することが「正しい」のだろうか?殺処分を防ぐためとはいえ、街中の猫に不妊去勢手術を施すのは本当に「正しい」のだろうか?結果としてノラネコが減ってしまうと街中のネズミの数が増え、また新しい問題が生まれるのではないか?今の僕では無知すぎて到底「正しい」答えが出せそうにない。

ぼく「猫はどう思う?」ねこ「にゃーん」

となるとこの問題は猫に直接聞くのが一番早いだろう。「対話を根幹とした自学自習」である。猫は一刻も早く日本語を喋れるようになるべきである。英語でもいい。意見を聞かせてくれ。はやくねことしゃべりたい。

ぼく「にゃーん」ねこ「にゃーん」

いやよく考えるとその理屈はおかしい。「猫は一刻も早く日本語を喋れるようになるべきである。」は強者やマジョリティー側に属する人間の暴力的理屈である。「猫側の意見もお聞きしたいので我々は一刻も早く猫語を習得してコミニュケーションの方法を確立し今後の策を練らなければならない」が正しい対話の姿勢のではないだろうか。間違っていた。この場で謝罪したい。にゃーん。

当該ツイートの違和感の解決

ここまで考えてようやく最初のツイートの違和感が明らかになった。『ノラネコを避妊去勢して何が愛され猫だ。真夏の炎天下や極寒の冬で外で暮らしてみろ。ノミやダニに食われてみろ。怪我しても誰も見てくれないし車にひかれるリスクもある。なあ、餌撒くぐらいなら家に入れてくれ。良い事した気になってるだろ?』一見猫側の真っ当な主張のように思える。しかし猫が本当にそう思っているかは聞いて見ないとわからない。ツイート主が自分の主張を補強するために猫の主張を勝手にでっち上げているのだ。(当該ツイートをそこまで批判するつもりはないが)強者の暴力的主張に近いものを感じた。

まとめ(ヒトに向けて)

結局何が言いたかったのかよくわからないままだが自分の主張を最後に述べておく。

・不妊去勢は確かに殺処分の数を減らしてはいるため一概に反対はできないが、Animal welfareの観点から見るとあまり良いものには思えないため一概に賛成とも言えない。地域の理解を得るなどもっといい方法がありそうなもんだがこのご時世なかなか難しいんだろうなということも重々承知している。

・室内飼育に関しては反対ではないが、1500年以上も関わり続けてきたイエネコとの関わり方をここで劇的に変えてしまう事に関する議論がきちんとなされているのか疑問ではある。外に行けないの健康に悪そう(素人意見)。

・結果として外にいるネコの数が減ってしまうことでネズミの数が増えるなどの街中の「生態系」への影響はないのか。ネズミが媒介する感染症とか流行って社会問題になりそう。知らんけど。

・対馬西表奄美などのネコは流石に室内飼育進めていくべき。流石に。

・そもそも肉食ってる人間が人間と生物の関わりについて考えようとするとどこかで論理に矛盾が生じるものだし答えは出ないものだと今は割り切るしかない。死ぬまでに自分なりの答えが出せたらいいな。

まとめ(ネコに向けて)

にゃーんにゃーんにゃんみゃおにゃーんごろにゃーん

・にゃーん

・にゃーおみゃーん

・うみゃーん

・にゃおーん

・にゃにゃんごろにゃーん

以上です。それでは猫語の習得頑張りたいと思うにゃあ。


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