「集約による合理性」 ゆるふわ公開日記 その3 

「集約による合理性」 ゆるふわ公開日記 その3 
書いたひと: おにもつ

急に思い立って3記事連続投稿してしまった。トップページの一番上の部分が私の駄文で埋め尽くされていることに心を痛めている。

今日Sさんが「洗濯機って実は一家に一台ある合理性はないのではないか」などと言っていた。都心なら一回30円くらいのコインランドリーを各地に作ってそれを作ればいいじゃないか。たしかに一理ある。ご飯もそうだ。大鍋で一斉に作った美味しい料理を安価で提供する店で食べたほうが合理的である。突き詰めていけばトイレもお風呂もそうである。昔は1家族の人数が多かったから一家に一台洗濯機ご飯は各食卓で作るっていうのである程度回っていたのかもしれないが核家族化がすすんだ現在そのやり方を継承していくのは家電メーカーの営業トークに踊らされているのにすぎないのだ。

昔不動産屋さんが「実家を出て一人暮らしや自分の過程をもって一人前」という価値観をいろんな媒体を通じて日本人に植え付けたらしい。家の需要を増やして儲けようという魂胆なのだ。これが核家族化や高齢者の孤立の進む要因となったとかなんとからしいのだが。

その点熊野寮は合理的である。寮食は140食くらいをごっそり作って安価で食べるしトイレ風呂洗濯機は共用のため手入れにかかる一人当たりのコストも抑えられる。

以前韓国の高齢化が進む田舎を訪れた際には政府が作った1LDKくらいの平屋の公民館みたいなところでみんな日中は生活していた。おばあちゃんたちがごはんを大量に作ってそれをおばあちゃんおじいちゃんでみんなで団らんしながら食べたりしていた。食事にかかるコストも下がるしやることがあるので健康が保たれて医療費も下がる。訪れたのは夏だがクーラーの効いた部屋で暑い時間はみんなで涼をとっていた姿も印象的であった。

この記事に特にオチはない。あくまでも日記なのでこれくらいのハードルの低さで臨まないと長続きしない気がするので。

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