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「一歩を踏み出そうか、
立ち止まり続けて」1

「一歩を踏み出そうか、<br>立ち止まり続けて」1
書いたひと: COLOR pencils

ねぇ、ヨシダ君。

表現するって生きてること、そのものだと思うの。

わたしは今、自分の生き方について、すごくかんがえているのだけれど、やるべきことを完全にゼロに近くした時にわかったのは、
やるべきことは、やりたいことから生まれているということだったわ。

だって、やらなければならないことって、そもそも、まずは、心臓をならすところからはじめないといけないじゃない。

でも、わたしたちは、心臓をならしたいと思ってうまれてきたのではなく、もうすでになり始めていて、そして生きていることに気が付くのね。

そう思ったら、わたしの今やりたいと思っていることなんて、きっとすぐ、やらなければならないことに変わっていやになってしまうけれど、

わたし、心臓をならさなければならないなんて、思ったこと、ないわ。

心臓は、やりたい、やらなければ、そういうこと、関係なく、なり続けているみたいに、わたしの思いや、やりたいと思うことも、何がおこっても関係なく、どこかでなり続けているのね。

色々難しく考えていたけれど、心臓のように、わたしも、これから生き続けて、思い続けて、やり続けていきたいと思うの。

その中でも表現することは、わたしの中で本当に大切なことだと気が付いたわ。

今までの表現は、例えば、今日一日をどのようにスケジュールするか、どの授業をとるか、どうやってレポートを書くか、友達といつ遊ぶか、そいうところにあったの。

最近は、自分のこころのありようや、こころの色を、白い紙に色鉛筆で書いたり、でてくるそのままのメロディーを歌って記録したり、そういうことをしているわ。

もともと、わたしたちは、生まれた時から、何かをずっと表現し続けている。それは、だれしもの体で心臓がなっているのと同じように。

わたしは、芸術大学とか、美術とか、アーティストとか、成るものだと思っていたの。

家族に画家がいるとか、美大に行った友達とか、そういう人達を見ていると、まるで違う世界、わたしの場合は、もっとアカデミックな世界にいるつもりだったから、
なんだか、そういう芸術の世界にいる人たちにライン引きをすることで、わたしは、安心していたのだと思う。

ああいうことは、ああいう人達がやるものだ。
私とは関係ない。

そう思えば、自分がそれをできないことにコンプレックスをいだかずに、すむもの。

でもね、本当は、違うの。自分もやりたいの。絵を書きたい、歌を歌いたい、踊りを踊りたい。

そういう思いはあるから、芸術、表現の世界で思いっきり輝いている人を見ると本当はうらやましかったんだ。

でも、だからと言って、そういう世界に入り込んでしまうと、できない自分がいやになりそうだから、芸術の方面に行きたい!と思っても、その世界に入ろうなんて思わなかった。

本当は、みんな最初から表現者なのにね。

絵を書くこと、歌を歌うこと、踊ること、そういうことばかりが、芸術とかアートとか、表現じゃなくて、生きているその命をどう使うか、そういうところから見れば、すべての人が、表現者なのね。

そういうことに気が付けたのは、自分自身が、芸術、とかそういうものをすごく遠くのものにあると感じていたからだと思う。

公園に置かれたよくわからない抽象的なオブジェとか、有名なアーティストの作品とか、全然どこいいのか、小さい頃から全然わからなかった。そうやって、芸術の世界でほめられているような人の良さって、一体どこからきているんだろう?

「一歩を踏み出そうか、止まり続けて」2
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