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共産趣味者ブヤコフ=マクシモヴィッチの機関紙 「クマウダ」第2号      ~東国編~ 4/4

共産趣味者ブヤコフ=マクシモヴィッチの機関紙 「クマウダ」第2号      ~東国編~ 4/4

この記事は、Kumano dorm. #2 Advent Calendar 2020の18日目の記事です。

最初から読みたい人はこちら
「クマウダ」第2号 ~東国編~1/4
「クマウダ」第2号 ~東国編~2/4
「クマウダ」第2号 ~東国編~3/4

<「東」の地のシェアハウスにて起きたこと>

2020年3月下旬、熊野寮を退寮した私は、東京都江「東」区の某シェアハウスに入居した。そこには私を含め、9人の住人が棲んでいたが、全員が東京より「西」の出身であったことは私に幾許かの安心感を与えた。なお、9人とも社会人であり、私は2番目に若かった。

私は入居翌日に激しい腹痛と下痢に見舞われた。
コロナか、とも思ったが咳や熱などの症状はなく、味覚障害などもないからおそらく違う。しばらくまだ寝慣れぬ2段ベッドの上でうずくまり、途方に暮れていたが、腹痛の原因がはたと思い当たった。
東京到着直後にふらっと入ったお店で食べた深川丼のあさりだ!
その後今に至るまで、東京は「東」の地である故に旧ソ連などと食品衛生事情が大して変わらないのではないか、という疑念を私は拭えずにいる。
幸いにもその腹痛は2, 3日で治まった。

入居数日後、住人のうち6人くらいで隅田川の方へ散歩に行くことになった。とりあえず、当たり障りのない会話をしながら私は皆と歩いていたのだが、ふと小学校の前を通り過ぎると、校舎の垂れ幕に「自主、自立、協力」等と二字熟語が4つ5つ羅列されているのが目に入った。これを見て私にはある記憶が蘇った。そう、中国に行ったことがある人なら街中で必ず目にしているであろう、社会主義核心価値観の標語である↓

中国のプロパガンダの宣伝がすごい :: デイリーポータルZ
社会主義核心価値観その1
社会主義核心価値観 | DEEP天津
社会主義核心価値観その2

目の前の小学校の垂れ幕と社会主義核心価値観が、理想として良いものと世間で認められがちな二字熟語を羅列している、という点で似ていることに気付き、私はそれに面白さを見出した。
この状況で私の脳内では次のような思索が行われていた。

もし仮に、私が熊野寮の親しい人々と歩いているとして、この気付きを口に出せば、おそらく笑いと同調が得られるだろう。なぜなら、熊野寮にはそれなりの割合で中国に行ったことのある人や中国出身者がいて、このネタが通じる公算が高いからだ。なおかつ私は京都では共産趣味者としての地位を確立している。しかし、私は今東京に住む未知の人間と歩いている。こんな突飛な気付きを口に出して良いものか。かれらの前で不用意な発言をした結果、シェアハウスのコミュニティで村八分に遭う可能性も無きにしもあらずだ・・・

私は一瞬迷ったが、自分の気付きを公表したい、という自己顕示欲と同居人達の反応を見てみたい、という興味を抑えられず、口を開いた。

「あの小学校の垂れ幕、中国によくある社会主義核心価値観となんか似てますよね」

同居人達は皆ポカンとした顔をしていた。それを確認した瞬間、私を後悔が襲った。
完全に滑った。
数秒間の沈黙の後、別の話題の会話が再び始まった。
やらかした。そして、それは突飛すぎる話題を、周囲の人々の興味の対象を把握せずに喋ってしまった私に原因があった。ただ、私はかれらから、今までつるんで来た人々と圧倒的に異質な匂いを嗅ぎ取った。

その後、私はかれらとの会話において共産趣味的発言を可能な限り飲み込んだ。そして、かれらを観察するうちに、散歩の時に感じた異質さを確信するようになった。
かれらの主な興味は如何に上手く営業トークをするか、如何に上手く女性をナンパし、一夜の関係を築くか、如何に効率良く筋肉をつけるかなどであった。「かれら」の中には女性もいて、女性がいる前で男性達が極度に卑猥な話を繰り広げることもあったが、女性達からは男はそういう話をするものだ、という諦めを内面化しているのが感じられた。
悪い人々ではない。私のために世話も焼いてくれるし、シェアハウスのコミュニティーに私を受け容れようとしてくれているのは伝わった。コロナ禍の中、1人きりで下宿に閉じ籠もっているのに比べて、かれらがいてくれたことでどれだけ気が和らいだことだろう。ただ、私が熊野寮で培ってきた差別やハラスメントに対する考え方とかれらの言動は相容れなかった。かと言って、私が思う「正しさ」をかれらに説いて理解させるのは、何十トンもある巨石を自分の手くらいの大きさのハンマーで穿つのと同じくらい難しい行動に思えた。実際何度か、かれらにハラスメントの可能性を指摘したことがあったが、私の意図が伝わる気がしなかった。かれらが好んで行くバーに何度か同行したが、そこで会った人々に対してもしばしば同じことを感じた。
私が慣れ親しんだ熊野寮の環境は日本社会の中ではサンクチュアリーのような存在で、東京はルッキズムと新自由主義的合理性の横行する街なのか。6月くらい
には、仲の良かった元寮生のクリスチャンの先輩に「東京はソドム、またはゴモラの類の街です」というメッセージを送った。

ソドム・ゴモラ

東京

せっかくシェアハウスに同居しているにも関わらず、料理を皆が1人ずつ作っているのも残念に思った。熊野寮のように誰かが何人か分の飯を作り、適当にカンパを集める、ということは出来ないのか。なんのための“シェア”ハウスなのか。私は積極的に数人分の料理を作り、それを住人に押し付けた。幸い、この行動を住人達は好意的に取ってくれ、私はこのシェアハウスにおいてシェフの地位に収まった。

7月頃から、それまで仕事が忙しくシェアハウスのリビングにほとんど姿を現さなかったS氏、彼氏との関係悪化に伴い彼氏の住処からシェアハウスに引き上げて来たWさんと会話する機会が増えた。かれらは哲学や言語、外国の話題を好み、とても気が合うことが判明した。他の住人とは毛色の違う我々3人を私はシェアハウスの「枢軸」、その他の住人を「連合」と名付け、3人の間では隠語として定着した。週末の休み、私は枢軸のメンバーとシェアハウスのある門前仲町から渋谷、新宿、吉祥寺など「西」へ行き、映画を見たり、エスニックレストランを開拓したりした。同じ頃、オフ会を通じて関東在住のロシア界隈の人々とも知り合ったこともあり、週末の予定が徐々に増加してきた。
東京に行く前、関西人である私はよく理解していなかったのだが、東京の文化資源はどうやら「西」のエリアに固まっているようだ。東京都内でも、何かと「西」が良いのである。

8月末、3/4に書いた通り会社を辞めることを決意し、京都へ行く段取りを始めた。この際、シェアハウスの住人達は枢軸、連合を問わず私の転職を応援してくれた。皆の協力のおかげで、私は現在勤めている京都の会社に入社できることになったのだ。全員に感謝している。

10月1日、私は枢軸2人と連合1人に見送られ、「西」への帰途についた。

<エピローグ>


12月18日現在、私は「西」の地、京都で野菜の卸しの会社で働いている。仕事は大変なこともあるが、今の所概ね幸せであり、平穏な生活を送っている。熊野寮生を含む京都の友人達は「東」の地で色々あった私を癒やしてくれ、私の京都への帰還を喜んでくれた。そんな大事な友人達には、何らかの価値をもって報いたい次第である。

東京では信条の合わない人も多かったが、そんなかれらが私に良くしてくれることも多かった。私は自分に良くしてくれる人々は、たとえファシストでも怪しい宗教の信者でもトランプ支持者でも個人として悪くは言いたくない。そんな私はヒトラーのような巨悪を拒絶できないかもしれないが。

色々、「東」京をネガティブに書いたが、実際のところ私は東京に恨みを持ってはいない。ただ、京都に帰ってきた10月1日、東山の緑が目に飛び込み、鴨川の水面の反射を確認した時、私の眼には涙が溜まっていた。私には骨の髄まで京都が染み込んでいた。私は当分「西」の人間として生きるであろう。

-完-


最後の最後に…
この記事を何らかの手段で見つけた人には他の熊野寮アドベントカレンダーの記事もおすすめしておこう↓
2020年熊野寮アドベントカレンダーその1
2020年熊野寮アドベントカレンダーその2
私が特に好きだった記事も貼り付けておく↓。
手ぶらでエクストリームな帰寮をした話
ヤドン氏によるエクストリーム帰寮の記録。彼の文章はあまりにも生々しく、エクストリーム帰寮の壮絶さが伝わってくる文章だった…。

アドベントカレンダーの運営者のSK君、期日を大幅に遅れてしまい申し訳ない。本当は12月18日までに書けるか怪しかったが、ちょうどスターリン生誕142年であるこの日を投稿日として選んでしまいたくなってしまったのだ。

しかし、一点だけ弁解させて欲しい。
誰もグレゴリオ暦2020年12月18日までにアドベントカレンダーを書くとは言っていない。

文章を書いている今、ちょうどロシア暦で2020年12月18日である。

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