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ナスDがボラれているのを見て

ナスDがボラれているのを見て
書いたひと: おにもつ

【#62】ナスDの大冒険YouTube版 南米アマゾン観光部族徹底取材編 という動画を見た。 なんとなく思うところがあったので文章に残しておこうと思う。


この動画はペルーの部族に会いに行く取材の最中、「観光部族」と遭遇して「歓迎の踊り」にお金を払わされた挙句、大量の民芸品を高値で買わされた一部始終を収めた動画である。

動画のように強制的にお金を払わされたわけではないが、以前ブータンを訪れたときに本質的には似た体験をしている。


ガイドさんに連れられ、民芸品の土産物屋さんに連れていかれた。現地の物価より遥かに高い値段設定となぜか使えるVISAカード。ブータン滞在中、クレカを使えるお店を他に確認することはできなかった。もしかしたら高級ホテルとかでは使えるのかもしれないが、現地の人がここで買い物をするとは考えにくく、外国人観光客向けの施設であることは明白である。

資本主義的土産屋 よく見るとVISA対応のシールが貼ってある

この記事(旅で一番大事なこと)でも述べているが、旅というものはそこに住む人々がどのような日々を送っているかをじっくり観察し、短い滞在期間中はなるだけ彼らに近しい生活を送るというのが醍醐味だと考えている。民芸品は彼らの日常生活あるいは儀式等に必要不可欠なものであり、それ以外には意味を持たない。訪れた観光客に売るためだけの「土産物」というカテゴリーに当てはめられたものは、現地の生活という文脈から大きく外れてしまうのだ。

要するに、観光客に売るための「土産物」を買うのは私の信条に反するのである。地元で作られた商品や地元の人がこよなく愛すと思われる品物を現地の物価で買う。地元の人の集う市場やスーパー、直売所のような場所の商品をチェックするのが私にとっての旅行の楽しみであるのだ。

民芸品であってもただ販売されているものを買うのではなく、工程を説明してくれて、なんなら少し製作体験もさせてくれる、みたいなものが理想的である。使い道や宗教的あるいは文化的意味、どういう材料をどういう理由で用いているかというのを教えてくれるワークショップみたいなものがあれば嬉々として参加するだろう(しかしながら一般的な「観光客」にそんな需要はないだろうし大体は事前予約制であることが多いのでいきあたりばったりである私の旅のスタイルとは合わないのが問題点である)。

ブータンにいた私は辟易しながら十数メートル離れたgeneral shop(個人経営のコンビニのような店。価格設定は一般的な物価通り)でインド産の歯磨き粉をお土産に買ったのを覚えている。ブータンではインドから多くの商品を輸入しているため、ブータン人の日用品はほぼインド製である。おそらく近隣住民はこちらを利用しているのではないだろうか。店主の人に怪訝な顔をされた気がするが特に気にせず店内を物色していた。おそらく「なんでお前がこっち来て歯磨き粉買うてんねん」とでも思われていたのだろう。知らんけど

怒りに震えながら購入した歯磨き粉 一年以上経っても使いきれていない

現地の人からすると物価の差を利用して豊かな国の人々からお金を稼ごうとするのは資本主義社会において当然の発想である。電気も水道もネットも保証されている部屋でベトナムの労働力を用いて安価で製造されたユニクロの服を着ながらその行為を批判することは傲慢である。現地の「土産物」を売っている人も生計を立てなくてはならないし、そこに至るようになった背景や考え方もあるので、こちらの論理で頭から否定してはいけないのである。ブータンの土産物屋さんは「金づる」を連れてきたガイドさんに幾ばくかのマージンを払い(それが現金なのか”貸し”なのかは別として)、ガイドさんはそれで副収入、あるいは信頼を得ているのであろう。それでいいのだ。何の問題もない、自然な営みである。

それはそれとして、私が旅行先でお金を落とすのは、博物館、本、食べ物をはじめとした地元のもの(現地価格に限る)、土着の文化的あるいは伝統的ななんらかの体験である。誰が何と言おうとこれが私にとっての旅である。これを実践している旅人は私の周りには数えるほどしかいない。観光客向けの観光地に行って観光客向けの観光地価格のみやげ物を観光客気分で買う、という旅行スタイルの人がほとんどである。そんな彼らに私が主催する旅行に連れていくと(これが…旅行…??)と訝しがられることが多いことが最近分かった。すみませんでした。

あとナスD大冒険TV(特にヒマラヤ編)とナスの大冒険YouTube版は優れているので是非見てね(宣伝)。

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