私が「リポビタンC」を飲めない理由

私が「リポビタンC」を飲めない理由

毎週木曜日の朝、決まった時間に実家の窓が勝手に開く。

 

「おはよぉさん」

 

しわがれた、でもよく通る声が聞こえ、私たち兄弟はその窓へ駆け寄る。

今回の話は、この声の主、私の大おばあちゃんについてである。

 

私の大おばあちゃん(場所によっては「ひいおばあちゃん」と呼ばれるのだろうか)は厳密に言うと父方の父方の母である。「ちよこさん」という名前なので、「ちょこさん」「ひよこさん」なんてかわいいニックネームがある。名前に負けないくらいキュートで、くしゃっとした笑顔が魅力的な大おばあちゃんだ。

 

そんなかわいい大おばあちゃんは、木曜日の朝に必ず私たちの家の窓を開けにくる。

 

雨の日も、風の日も、猛暑の日も、大雪の日も欠かさず来てくれた。

 

大おばあちゃんは私の家から徒歩5分ほど、山沿いの坂を登った先にある古民家に住んでいる。そんな道を背骨が曲がった状態でヨイショヨイショと私たちに会いに来るのだ。

 

「今日も大おばあちゃん来るかな~」

「毎週来とるし、来るだろ」

 

コンコンコン

 

「あ、ほんまだ」

 

ガラガラッ

 

「おはよぉさん」

「来た来た、はぁい」

 

いつもの3回ノックの後、扉が開くといつものくしゃっとした笑顔の大おばあちゃんが現れる。

 

「大おばあちゃん、おはよぉ」

「あちいなぁ~あ。暑いで熱中症にきぃつけるだで~」

「わかっとるっちゃ~、今日はどうしただ」

「今日はキュウリがよぉけぼれたで持ってきたぁだ。」

(「今日はキュウリがたくさん獲れたから持ってきたんだよ」)

「わぁ~ありがとう! 冷やし中華に使うわな」

 

「あとはこれだな、リポビタンデー」

 

と、大ばあちゃんが取り出したのは「リポビタンデー」ではなく「オロナミンC」。

 

「大ばあちゃんこれはちゃうで、オロナミンCだで」

「ん? あ、そうか」

 

このように大ばあちゃんは毎週、週替わりの野菜やお菓子、そして固定メンバーで「リポビタンデー」(オロナミンC)をダースで届けに来てくれる。

何度も「オロナミンCだで」と伝えても「リポビタンデー」というので、私たちは間をとって「リポビタンC」と呼んでいる。

 

春にはヤマザキのパン(パン祭でたくさん買っているのだろうか)とイチゴ、夏には夏野菜やジュース、秋にはブドウや梨、冬には干し柿やお菓子などを持ってきてくれ、そこには必ずオロナミンCもついてきた。

 

当時となれば毎週木曜日に来るのが当たり前だったが、なぜ大おばあちゃんは急な坂を登ってまで私たちに会いに来ていたのだろうか?

 

「今から聞けばいいじゃん」と思われる方も少なくはないと思うが、それは実現しない。

 

今から7年前、大ばあちゃんは天国へ旅立った。

 

享年98歳、今からしても本当に長生きだった。

 

ある日の木曜日の朝、待てど暮らせど大おばあちゃんは窓をたたかない。

「大おばあちゃん、こおへんな」

「な、どうしたんかな」

結局その日は来ず、夕方大おばあちゃんと同じ家に住む祖母に連絡をした。

「それがなぁ、倒れたんよ」

 

歳も歳で元から健康ではなく、時々寝込んではいた。しかし家に来れなくなるほどに体調を崩すのは初めてだ。

 

「まぁ大丈夫だ」

 

お見舞いに行ったが、いつの間にか思った以上にやせ細っていた。でも、「まぁ大丈夫だ」と安心しきっている私がいた。

 

しかし数日後、大おばあちゃんが亡くなったと電話が来た。

中学の合唱祭本番を間近に向かえた日のことだった。実感は無かった。でも、お金の話や葬儀の話など、現実的な話題が交わされる中で否が応にも実感をせざるを得なかった。

 

葬式が終わり、ひと段落ついた時、送られてきたものを親族で配ろうという流れになった。

 

送られたお供え物の中にオロナミンCが置いてあった。誰が買ったのだろう。やはり、誰かの中でも大おばあちゃんと言えばオロナミンCのイメージなのかな、と思った。

 

ポン、と蓋を開け、飲む。

 

オロナミンCの瓶の独特のにおいを感じ、そのあとに来るしゅわしゅわの、甘ったるい炭酸。

 

涙がこぼれた。

ああ、もう木曜日の朝に窓を開けに来る大おばあちゃんはいないんだな。しわくちゃの笑顔を見せてくれる大おばあちゃんはいないんだな……。

 

大おばあちゃんとの思い出をつなぎ合わせてくれる「リポビタンC」。

大おばあちゃんと過ごした大切な日々は、歳を重ねるごとに思い出は薄れてゆくが、オロナミンCが思い出を閉じ込めてくれていると信じている。だから、オロナミンCとの思い出を更新しないようにしよう、と決断したのだ。

 

 

私は、「リポビタンC」が飲めない。