販促!RYOUTONOMY!! 第2回! ~今、なぜ学生自治なのか 学生自治2.0を語る上での基礎理論 (第二章)~

販促!RYOUTONOMY!! 第2回! ~今、なぜ学生自治なのか 学生自治2.0を語る上での基礎理論 (第二章)~

全国学寮交流会誌「RYOUTONOMY」は、2022年に創刊された、全国の学生寮・学生自治空間をめぐる書物です。

富山県・高知県・京都府・宮城県をはじめとする各地の自治空間・実践事例・学生寮等が特集されています。

https://x.com/Gakuryou_Kouryu/status/1608823376281501698?s=20

おかげさまで各地での頒布物は完売に次ぐ完売となり、めでたく第二巻を出版する運びとなりました。

第二巻はコミックマーケット103(2023年冬)にて発売予定です。

本販促企画では、全国の学生寮・自治空間を取り上げた刊行物「RYOUTONOMY」の第二巻刊行記念企画として、昨年度配布した第一巻の記事の一部を加筆修正しつつ、順次公開していきます。

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今回は「今、なぜ学生自治なのか 学生自治2.0を語る上での基礎理論」から、第二章をご提供させていただきます。

それでは本文をどうぞ!

 

[本文]

2. 学生自治のメリットその1:弾力的なアカデミズム

 第一のメリットとして、大学という学問空間がより魅力的になる。学生らの鋭敏な感性により学問を再構築しやすくなるということである。加えて、学生がより主体的に大学に関わるようになるので、学生の現場のニーズに合わせた改善が即座になされるようになる。満足度が向上するのだ。とくに理工系分野での研究活動においては自治の概念が顕著な有効性を発揮している。理工系の研究にはトップダウンで進むフェーズとボトムアップで進むフェーズが存在する。大学に求められるクリエイションやイノベーションにはボトムアップ型の研究スタイルが向いていることが多く、そうした場合には学生自治の精神がよい補助線となるようなのだ。

 例えば日本の素粒子物理学・量子力学研究は、湯川・朝永ら(後に二人ともノーベル物理学賞を受賞)をはじめとした学生の自主ゼミに端を発している。この分野では日本の貢献は世界的に高く評価されているが、もとを糺せば学生の自主的な勉強会に由来していた6

 これは現代の最先端学問についても同様である。具体的には、細胞内の生体高分子の相分離で複雑な生命現象を見通し良く説明する相分離生物学(Phasing Biology)という分野がある7。相分離生物学を体系化し日本に大々的に導入した学術書「相分離生物学」は、学生が論文を選び解説するゼミナール(朝輪)の結果を基に執筆された8。化学反応のメカニズムを自動で解明する遷移状態自動探索システム(GRRM)は当時修士1回生であった前田博士が朝のディスカッションの際に考案しそのまま実装を始めたと言われる9

 自治の精神に近い運営をしている組織として、各地の「夏の学校(夏学)」もまた有名である10。夏の学校とは学生・若手研究者らが主催する合宿形式の勉強会・兼・学会である。特徴は組織運営・学会運営・予算の獲得や管理・広報・講師の決定まで全てを学生・若手研究者らが行っていることである。細かな点は夏学ごとに異なるのだが、おおむね自治の精神により学生らが自ら組織・空間を主体的に作っている。フランクかつおおらかな形で研究発表・意見交換が行われ、参加者の中には後に教授・准教授となった方や企業で活躍されている方も多い。夏学で育った学生が、一流の研究者として夏学に招待されることもよくあることである。

 具体的な例として、「生物物理夏の学校」を見てみよう11。生物物理夏の学校は1960年に志賀高原で開催されて以来、2022年現在まで毎年続いている。当時博士号を取得して間もない若手研究者であった大沢文夫氏を中心として設立された。修士課程レベルの学生も多数参加・発表していたと聞く12この夏の学校の半年後に生物物理学会が設立されることとなる。以後学生らを中心とする運営がなされ、毎年100~150名前後の参加者を集めている。ちなみに参加者数が最も多かったのは2020年の235名である。生物物理学並びにその周辺の物理・化学・生物をはじめとする各領域の学生らを繋ぐハブとなっている13。同時に複数の地方支部を持ち、地方の学生を援助する役割も担っている14

 これらに共通するのは、学生らが主体的に方針を決定していることである。学生が大学・研究室といった共同体を主体的に運営する中で、学問をする空間へのコミットメントが生まれる。逆に自治がない環境では、学生は学問や大学の形成を自分事だと思いにくくなり、大学への信頼が薄れ、学術や研究に対するコミットメントを形成しにくいのではないだろうか。多くの大学教員は学生のやる気がないと嘆くが(直接的にも間接的にも非常に多く聞く)、まずは学生に自治権をきちんと渡し、自分たちの学問を自分たちで行えるようにしてみてはどうだろうか。

 自治空間が確立されていれば、学生は組織のサポートを受けられるため金銭的にも精神的にも安定するし、教職員に対しておどおどする必要もなくなる。学生のコミュニティができやすくなるので、閉鎖的にならない程度に大きな共同体ができやすくなる。風通しもよくなり、学生同士のコミュニケーションもとりやすくなる。学生が研究者として成長しやすくなるのである。アカデミック・ハラスメントの予防策にもなるだろう。これもまた自治の効用である。

 こうした活動をより一般化すれば、例えば大学の人事や決済などについても学生がになうのが良いという考えに自然に行き着く。夏の学校で学生が講師を選ぶように、学生が教員を選び、大学のルールを策定・決裁し、大学執行部と交渉・意思決定を行うということだ。学生側が必要としているルールや権利を柔軟に社会実装できる。大学の無駄も省かれ、運営面・研究面での成果が上がりやすくなると思われる。

 ここで、自治空間が果たしてきた大学での差別解消への役割についても記載しておく。構成員を平等かつ公正に扱いかつ最大限尊重することなくして、弾力的なアカデミズムはあり得ないからだ。例えば京都大学吉田寮自治会は1985年に女性学生を入寮可能とする旨の決定をしている15。熊野寮自治会も同時期に同様の決定を行っている。これは男女雇用機会均等法の施行前(1986年)のことであり、企業では女性のみ定年が異なっていたり、女性の管理職や正社員が非常に少なかったりした時代のことである16

 自治空間は多様な学び方・大学とのかかわり方を可能としてきたことも付記しておく。例えば熊野寮自治会は大学と時には交渉し、時には渡り合うことで、入寮希望者を男子の日本人学部学生から、男女・国籍を問わない大学院生・研究生・科目等履修生・それらを含む京都大学で学ぶすべての学生へと拡張してきた。ダイバーシティやインクルージョン、SDGsという言葉が流行する遙か前から、ありとあらゆる属性を可能な限り受け入れ、人々が自由に学び、人生を謳歌する空間を作り続けてきたのである。こうした風土が京都大学総長・山極壽一氏を始めとする多種多様な人材を育ててきた。特に研究に集中したい学生や、地方から親を説得して何とか大学に進学した学生、家庭との間に不和を抱えた学生、精神を病んでしまった学生,、退学に追い込まれた学生にとっては非常に心強い味方となっている。

 

 こうした風土は他の自治空間、特に自治寮におおむね共通する風土であるが、大学当局が時に妨害してくることも付記しておく。

 

 多様性の尊重に向けた議論を行う際に、常に顔を出すのがリソース論である。先述の例を挙げるならば、例えは女性学生を受け入れるとして、誰がリソースをだすのか。限られた資金やスペースを(再)分配することは可能なのか。もっと言えば、今そのリソースを享受している人からリソースを奪えるのか、その正当性はあるのかということである。リソース論は厄介な問題であるが、自治空間を作ることで問題の大部分は解決される

 自治空間では「リソースは、作れる」。構成員自らがリソースとなり、よりよい空間を自分たちで即座に作製可能であるからだ。もろもろの制約を取り外すことは容易である。もちろん構成員の出せるリソースにも限界があるのだが、自治空間では構成員に決定権があるため、当事者にとって最もよい手法を自発的に取ることが可能となる。これにより必要なリソース量自体も下げられるのだ。

 この「リソースを作れる」という点は自治空間がその他の空間に対して明白な優位性を持つ点である。自分たちが必要なリソースの一部となることで空間への主権を担保できるからである。こうした弾力性を自治空間以外で担保することは困難だろう。しばしばトップダウンでの意思決定による効率化が叫ばれるが、それはトップが決めたことしか出来ないということでもある。現場が必要なリソースを確実に供給できるものでもないし、トップの事情と現場の事情の乖離は古典的な問題として常にあることは論を待たないだろう。加えて、トップの仕事が非常に多岐にわたり負担が大変なことになることも指摘しておく。自治空間への権限移譲はこうした問題点を解決可能である。結局のところ、弾力的な自治空間こそが最もリソース問題を解決可能なのだ。

 

今回はここまでです。次回記事「地方創成~権力と学生の結節点~」は、11/13日に公開予定です。
第1回記事リンク

販促!RYOUTONOMY!! 第1回! ~今、なぜ学生自治なのか 学生自治2.0を語る上での基礎理論 (目次・第一章)~ | 千万遍石垣 (senmanben.com)

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第7回記事リンク

販促!RYOUTONOMY!! 第7回! ~今、なぜ学生自治なのか 学生自治2.0を語る上での基礎理論 (おわりに)~ | 千万遍石垣 (senmanben.com)

 

[脚注]

6.当時は講義も存在せず文献も手に入りづらい中で、苦労されていたそうです。

7.白木賢太郎『相分離生物学』(東京化学同人、2019年)

8.白木賢太郎「M1で論文を書く研究室の運営」『生物工学』97巻、11号(2019年11月):668-670、https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9711/9711_career_academia_1.pdf

9.GRRM: 個人的にお伺いしたことがあります。

10.山戸奈々「若手の会だより:複数の若手の会を経験して」『生物物理』60巻、5号(2020年10月):307-308、https://doi.org/10.2142/biophys.60.307

11.大沢文夫「生物物理始まりのころ」『日本物理学会誌』51巻10号(1996年10月):723-726、https://doi.org/10.11316/butsuri1946.51.10.723

12.大沢文夫「生物物理学事始(6.生物物理学への発展,学問の系譜-アインシュタインから湯川・朝永へ-,研究会報告)」『素粒子論研究』112巻、6号(2006年3月):F155-F171、https://doi.org/10.24532/soken.112.6_F155

13.石坂優人「若手の会だより:第 60 回生物物理若手の会夏の学校開催報告」『生物物理』60巻、6号(2020年11月):367-368、https://doi.org/10.2142/biophys.60.367

14.石坂優人「若手の会だより:夏学がもたらす地方の大学生への恩恵」『生物物理』58巻、5号(2018年9月):279-280、https://doi.org/10.2142/biophys.58.279

15.「吉田寮物語:第6回」『京都大学新聞』2313号、2003年2月16日

16.秋山千佳『東大女子という生き方』(文藝春秋、2022年)

17.日本学生支援機構『令和2年度学生生活調査結果』、2022年10月21日、https://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/2020.html

18.住岡英毅「教育の地域格差に挑む」『教育社会学研究』、80巻、0号:127-141、https://doi.org/10.11151/eds.80.127

19. 石井完一朗「京大生の自殺につい​​て」『京都大学学生懇話室紀要』、1巻