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熊野寮には変な人が多い?

熊野寮には変な人が多い?
書いたひと: おにもつ

以前Tくん(寮生ではない)からこんな質問をされた。

「熊野寮生って変な人が多いですよね?」

定義の共有

「内輪ことばと定義の曖昧なことば」 ゆるふわ公開日記 その5でも少しだけ述べたが、Tくんと私の間で「変な人」の示す対象が何なのかの意思一致がなされていなかったため、とりあえず定義の共有を試みる必要があった。

とりあえずTくんに「変な人」の定義はなんだと問い返すと、「おもしろい人」との返答が返ってきた。しかしこれでは意思一致が不十分である。

仕方がないので「おもしろい人」の定義はなんだと繰り返し質問をしたところ、周りにいたほかの寮外生のKさんから(詭弁論部…)というまなざしを向けられてしまったがこれは詭弁ではない。何故ならば詭弁ではないからである(詭弁)。完全に無視して話を続けた。

その結果、Tくんのいうところの「変な人」というのは「まず日本の大学生のうち”一般的”で”平均的”かつ”中央値的”な大学生を『普通』の人間と定義する。具体的には4年制大学に入ってそこそこに単位を取ってそこそこにサークル活動に参加して留年せずにそのまま卒業していくような人間のことである。その『普通』から大きく外れた人間」のことを示していることを共有した。

想定していたとおり、この定義は私が想定していた「変な人」とは大きく異なるものであった。私の中で「変な人」が未定義であったといった方がよいのかもしれない。それはともかくとして、やはり定義の確認と共有が不十分なまま話を進めるのは危険である。この文章では「変な人」の定義を上述のとおり扱うこととする。

名誉なのか不名誉なのかはわかりませんが、ここまでちゃんと読み飛ばさずに来たあなたは熊野寮に向いていると思います。議論慣れしていない人間は早々にブラウザバックして、ピンを抜いておじさんを助けるスマホゲームをしているはずです。閑話休題。

本当に熊野寮には変な人が多いのか

「熊野寮には変な人が多い?」

熊野寮に少し興味を持った人間の大半が一度は抱く、いたって自然な疑問である。実際私も入寮前はこのような疑問をうっすらと抱いていた。

しかしながら熊野寮に数年住んだ人間からするとこの質問はあまり本質的には思えない。一概に「熊野寮には変な人が多い」という表現のみで表せるほど単純な構造ではないのである。

出る杭は打たれるということわざが示すように、世間、特に日本社会では「変な人」は迫害の対象になりやすい。少しでもしゃしゃり出た人間が周りからいい目で見られることは珍しく、裏でひそひそと影口を叩かれたりする。

その一方で熊野寮においては、「変な人」に対して基本無関心である。寮から一歩も外に出ずに熊野寮内だけで生活を完結させることが可能であるため、普通でいることを求められる外圧にほとんど触れることなく過ごす寮生も多い。結果として熊野寮は「変な人」が生息しやすい空間となっている。

実際、たくさんの「変な人」が暮らしていることは紛れもない事実であろう。世間の人が「熊野寮生」としてイメージする人間のビジュアルはなぜか長髪と髭に覆われた人間であることが多い[要出典]。あとなぜか常に学生服を着ている人間[要出典]。「普通」が要求される外圧に屈さずに「変なこと」を【普通】にできる環境だからこそこのようなスタイルを貫き通しやすいのではないだろうか。

補足になるが、寮には「変な人」をやや好意的に受け入れている人も一定数いる。しかしながら、これは自分が「変な人」であり続けるために「変な人」が大勢暮らしている空間を担保するためだと考えられる。「変な人」が大勢いる環境であれば、自分が「変な人」であろうとそれは【普通】なのである。

「変なこと」を行うことに対しては人々は無関心と述べたが、その「変なこと」の内容がよっぽど社会通念上好ましいもので無ければ人々は糾弾を始める。それでも世間よりかは糾弾され辛い環境であることに異論を唱える者はいないだろう。(参考 熊野寮でマイニングを禁止した話

「変な人」がごく当たり前にいる環境

とにかく、Tくんの定義した「変な人」、ひいては世間一般における「変人」というのは熊野寮においてはいたって【普通】の人である。

したがって「熊野寮には変な人が多い?」という質問は、寮の人間の感覚からすると「あなたの暮らしている空間は【普通】?」と聞かれているように感じるのだ。なんでそんなことをわざわざ聞くんだろう、という気持ちが、最初に抱いた違和感である。

「勉強しなさい」「いい企業に就職しろ」「4年で卒業しろ」「みんな結婚している。お前はいつ結婚するんだ」「黒髪にしろ」「子供を産め」「女なら料理して子育てするのが当然」「男なら奥さんと子供の食い扶持くらい稼ぐのが当たり前」「髭を剃れ」「髪を整えろ」「メイクをしろ」

社会からの見えない外圧に苦しんでる人間にとって熊野寮ほど心地よい環境は稀有であろう。

少し規模感が大きくなるが、他人の目を気にせずに「変なこと」が【普通】にできる環境の方が、新しいイノベーションは発生しやすいし、いろいろなアイデアが浮かびやすいはずである。その点において熊野寮のような環境をなくしていこうという世間の潮流は極めて見当違いなものである、といつもの通り当局批判&文科省批判で締めさせていただく。

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