形式・文字数一切不問!文章のみで唸らせろ!第一回千万遍石垣かつおコンテスト開催中!!

2021年1月

「一歩を踏み出そうか、
 立ち止まり続けて」2

だいぶ、わたしは、怒っていたわ。誰かに表現されたものが、そうやって閉じられた世界で評価されて、それをさも、この世の中の普遍的な価値かのように見えるようにしてくる何か、誰かに対して。 でも、考えてみれば、それと同じことが、わたしがいた世界、そう、アカデミックの世界でも起こっているのよ。 大学。良い大学に行っている人はすごい。 そういうことじゃ、ないじゃない。人は誰しもが、学びながら生きているじゃない […]

「一歩を踏み出そうか、
立ち止まり続けて」1

ねぇ、ヨシダ君。 表現するって生きてること、そのものだと思うの。 わたしは今、自分の生き方について、すごくかんがえているのだけれど、やるべきことを完全にゼロに近くした時にわかったのは、 やるべきことは、やりたいことから生まれているということだったわ。 だって、やらなければならないことって、そもそも、まずは、心臓をならすところからはじめないといけないじゃない。 でも、わたしたちは、心臓をならしたいと思ってうまれてきたのではなく、もうすでになり始めていて、そして生きていることに気が付くのね。 そう思ったら、わたしの今やりたいと思っていることなんて、きっとすぐ、やらなければならないことに変わっていやになってしまうけれど、 わたし、心臓をならさなければならないなんて、思ったこと、ないわ。

「音姫」

Sound Princess その名も音姫。トイレを使うすべての女性を音の恥ずかしさから救ってくれるお姫様である。 今回のエッセイは、そんな音姫について日ごろ思い溜めていたことを書きたいと思う。 1つ目 「おとひめ 変換」 このエッセイを書きながら気がついたのだが、パコンでは音姫の変換がでてこない。 乙姫/おとひめ/オトヒメ いやふざけんな。浦島太郎に玉手箱をあげる意地悪な姫よりも、音姫の方が10 […]

宝池教習所シリーズ3「卒業」

小学生の時、お姉ちゃんが読んでた名探偵夢水清志郎シリーズ。 図書館で借りたのか、姉の部屋にはこの本がよく置かれてあった。 娘と一緒の話題ができて嬉しいのか、お父さんまで姉の借りてきたそのシリーズをトイレに持ち込んで読んでいた。 そんな2人を見ていたわたし。 きっとわたしにはまだ早いんだろうなぁと無意識に思い込むようになっていた。 それに加えて、わたしはその表紙の絵が苦手だった。 そのため、お姉ちゃ […]

宝池教習所シリーズ2「みきわめ教習」

    私はみきわめ教習が苦手だ。 みきわめ教習とは、修了検定(1段階)と卒業検定(2段階)の前にそれぞれ1回ずつ行われるもので、検定を受けのるに十分な技術があるか教習官に前もってチェックしてもらう時間のことである。そこで教官のOKがでれば、検定を受ける資格をもらえるのだが、もしOKが出なければ、ありがたくも追加料金5400円を払って補習を受けることになる。 まぁ、ようするに一 […]

宝池教習所シリーズ1「教官のこと」

  「自動車教習所」 自動車教習所は、運転免許を取得しようとする者などに対して、自動車を運転するのに必要な知識と技能を教習する施設である。 (Wikipedia「自動車教習所」より)   宝池教習所シリーズは、教習所に通う3か月あまりを適当に気まぐれに記録しようとするものである。時として、教習所は自動車運転の知識と技能以上のことを教えてくれるのだ。 いったい、どのようなドラマが […]

見えないものを見ようとして -コロナウイルスの擬人化-

こんにちは、アストナージさんです。 まずはこちらをご覧ください。   こちらタカラトミー社のWIXOSSというカードゲームの『羅菌 コロナウ』というカードです。 察しの良い方は気づいているかもしれませんがこのカード、コロナウイルスをモチーフにしたカードです。 (このカードの登場は2016年のディサイテッドセレクターなので、COVID-19ではなく、SARSやMERSをイメージしたものだと […]

〈顔はみえないが名まえはわかる他者〉とのコミュニケーション 発見の手帳 (1)

教室での対面授業では、まわりの受講者はおおくの場合〈顔はみえるが名まえはしらない他者〉だった。けれどもZoom授業では、かれらは〈顔はみえないが名まえはわかる他者〉なのである。わたしはなんの疑問も違和感もなしにこのことをうけいれていた。対面からオンラインにかわったとき、重大な質的転換であったはずのこのことを、抵抗なしにうけいれたのだった。

「Slackを導入して良かったことと悪かったこと」 ゆるふわ公開日記 その7

千万遍石垣を始めた頃、寮内組織の連絡グループがLINEグループからSlackやDiscordへとじわじわ置き換わっていく過渡期であった。そのため自分の中で俄かにSlackええやんブームが来ていた。 私の思う主なSlackのメリットは以下の2つである ・話題によってチャンネルを分けることができるので議論の混線や、手を付けなくてはいけないものがいつの間にか忘れられるリスクが減る  ・後から参加した人で […]

  • 2021.01.17

共同創作「手」

1枚の絵から感じたことを自由なかたち(評論、解釈、物語、パロディー、etc.)で表現してみる企画。おなじ作品に対するいろいろな反応をならべてみたら、それぞれの個性もわかるし、あたらしい文脈もうまれて、おもしろいかもしれない。というわけで、各個人がべつべつに応答をかいてみた。「展示解説《手》」「私は人事という仕事に誇りを持っている…」「見えざる手」「僕は、人間の選別を始めた…」の4編を収録。

京大総長メッセージが京大生から支持されない理由【高校生でもわかる】

先日、京都大学総長である湊 長博氏がコロナ感染防止策をまとめた「学生諸君への緊急メッセージ」を発表しました。 このメッセージは学生の間でかなり評判が悪かったのですが、最近このメッセージを賞賛するツイートがそこそこRTされており、世間とのギャップにびっくりしました。 学生と世間でどうしてここまで評価が分かれたのでしょうか。自分なりに説明してみたいと思います。 不遇の一年 ほとんどの学生にとって昨年は […]

「周りに大阪人がいなくなった大阪人」 ゆるふわ公開日記 その6

私は大阪生まれ大阪育ちであり、高校卒業まではコミュニケーションはボケとツッコミによってのみ形成されていた(要出典)。大学生になり大阪を飛び出し、周りの大阪人の割合は激減した。オチのない話が飛び交い、ボケたところでツッコミが帰ってこない環境に最初は戸惑いつつも次第に適応してきたつもりである。 大阪のボケとツッコミに分かれて互いにアウフヘーベンしていく会話の形態(?)から離れてはや3年。とはいえ腐って […]

共産趣味者ブヤコフ=マクシモヴィッチの機関紙 「クマウダ」第2号      ~東国編~ 4/4

この記事は、Kumano dorm. #2 Advent Calendar 2020の18日目の記事です。 最初から読みたい人はこちら「クマウダ」第2号 ~東国編~1/4「クマウダ」第2号 ~東国編~2/4「クマウダ」第2号 ~東国編~3/4 <「東」の地のシェアハウスにて起きたこと> 2020年3月下旬、熊野寮を退寮した私は、東京都江「東」区の某シェアハウスに入居した。そこには私を含め、9人の住 […]

共産趣味者ブヤコフ=マクシモヴィッチの機関紙 「クマウダ」第2号      ~東国編~ 3/4

この記事は、Kumano dorm. #2 Advent Calendar 2020の18日目の記事です。 最初から読みたい人はこちら「クマウダ」第2号 ~東国編~1/4「クマウダ」第2号 ~東国編~2/4 <「東」の地の職場にて起きたこと(後篇)> コロナによる在宅勤務期間が明け、6月から再び会社に出社するようになった。再出社初日、私はある案件に取り掛かるよう命じられた。日本より遥か「東」の某国 […]

共産趣味者ブヤコフ=マクシモヴィッチの機関紙 「クマウダ」第2号      ~東国編~ 2/4 

この記事は、Kumano dorm. #2 Advent Calendar 2020の18日目の記事です。 最初から読みたい人はこちら「クマウダ」第2号 ~東国編~1/4 <「東」の地の職場にて起きたこと(前篇)> 2020年4月1日、私は着慣れぬスーツを着て、都心のオフィスに初出社した。 オフィスに行くのはほぼ2年ぶりであった。なぜ2年前なのか、というのはもっともな疑問であるが、理由は単純だ。予 […]

共産趣味者ブヤコフ=マクシモヴィッチの機関紙 「クマウダ」第2号      ~東国編~ 1/4 

この記事は、Kumano dorm. #2 Advent Calendar 2020の18日目の記事です。 2020年12月18日 あけましておめでとう!と言いたいところだが、共産的真実により今日は当初の予定寄稿日、2020年12月18日である。こいつは気が狂っているのではないか、と思った読者は昨年のアドベントカレンダーに私が寄稿した文章、クマウダ創始号を参照されたし↓。 きっと今日が12月18日 […]

  • 2021.01.01

「内輪ことばと定義の曖昧なことば」 ゆるふわ公開日記 その5

新年あけまして。今年の抱負は「資本主義からのゆるやかな脱却」とします。頑張ります。 熊野寮では寮内でしか使われていないいわゆる寮用語というものが存在する。60年代に勢力的に活動していた左翼団体でよく用いられたことば達が主体であるらしい。一般では使われる機会が失われていったことば達だが熊野寮では脈々と受け継がれ、今となっても生きた化石として用い続けられているのだ。「貫徹」、「総括」、「だ↑んけつ」、 […]